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傍観

足掛け6年、お世話になった病院との縁が切れた。
アルコール依存症治療で名高い病院だった。
ここで、夫は6回ほど入退院を繰り返した。

本人の不始末による強制退院という形で終わり、
新しい病院へと繋がった。

病院が違えば、そこで働く医師も看護師も違う。
相性というものがあるのかもしれない。

以前の病院では、入院生活への不満や愚痴を
電話やメールで頻繁に訴えていた夫だったが……。

今回は、ほとんど音沙汰なし状態。
リニューアル?した快適な病棟で、
淡々と入院生活を送っているように見えた。

今度こそ、酒まみれの生活から抜け出せるかも。
転院が転機と密かに思い描く私がいた。

そして、毎度お馴染みの期待外れ。

何度も再発する夫と暮らしていると、
夫の飲酒への感は研ぎ澄まされ、すぐ察知できてしまう。

入院終盤の外泊訓練時、夫はこっそり飲酒していた。

どうしたものかと重苦しさに包まれていた時、
主治医から電話があった。
経過良好なので、近いうちに退院出来るとの知らせだった。

主治医は、外泊時の夫の行動を知らない。

回復過程に入っていないのに退院するなんて……。
早過ぎる。今、退院したら、また飲酒生活に突入する。
夫には、まだまだ入院治療が必要な気がした。

告げ口のようで心苦しかったが、
外泊時の飲酒を医師に、とつとつと伝えた。

医師の見解は、意外だった。

「外泊時は、どうしても飲む機会になってしまいがち。
 病院内では、飲酒している様子はなく、
 退院に向けて順調に進んでいます。
 ずっと病院の中に閉じ込めて置くことは出来ませんから、
 通院に切り替えて、治療を続けましょう。
 飲み過ぎることなく、お酒を止められればいい。
 一滴も飲まないは理想ですが、なかなか出来ないことです
 
消極的だが、飲酒を認めている。

飲酒NGという先入観に囚われていた私は、
なんか肩透かしされたようで、気が抜けてしまった。

その後、夫は、自身の希望通りの日に退院し、
当たり前のように隠れ飲みが再開。

でも、病院へは2週間毎に顔を出し、通院が続いている。
飲んではいるが、病気を何とかしたい気持ちもあるのだろう。

ただ、夫には抱えている病気がたくさんあり過ぎる。
アルコール依存症・糖尿病・肝硬変・食道癌・関節痛等。
どれも、アルコールが悪さしているものばかり。

酒さえ飲まなければ、なんとか治まりそうな気もするが……。
アルコール依存症の渦中にいる夫に正論は通じない。
だから、今の所、私は傍観している。

娘が産んだ、私たちの初孫は1歳になり、
片言を喋れるようになった。
「じーじー」と夫に懐いて、飛び切りの笑顔をくれる。

ちなみに私の事は「ばばあ」と呼んでいるが、
これまた、満面の笑顔なので、いとおしい。

小さな幸せを日々の暮らしの中に見つけて生きている。



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その後の「快適な」病院は、厄介払いしたがっていたか又は余程の無知な医師に当たったかですよ。
まともなアルコール依存治療専門医であるならば、断酒は難しいから節酒でとは口が裂けても言いません。
本気でアル症と戦う気が全くご主人に無いのだから、さぞ居心地良かったでしょうね。

チャ…様

ありがとうございます。

夫と私の二人だけの大晦日の夕食時、
「今年も、いろいろお世話になりました。ありがとう」
と、夫が突然、神妙なことを言うので、ビックリです。

お酒にやられっぱなしの人ですが、大切な家族です。

チャ…様のご心中、お察し申し上げます。

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ゆ…様

ゆ…さまのお言葉には、いつも勇気付けられます。
ありがとうございます。

「自分を大切にすることを最優先」

心身ともに健康で楽しく生きることが、
私の今年の課題になりました。

お心遣い、本当にありがとうございます。

ゆ…様のお家に良い風が吹きますよう、祈っております。


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ゆ…様

「夫の記憶」には、呆れるやら、ムカつくやらで、
以前は、正しておりましたが……。
毎度、平行線でお互い気分が悪くなるばかりで……。

最近は、病気の影響(脳ミソが縮んでる!?)と割り切って、
重大なこと以外はスルーするようにしています。
まともに相手していたら、
こちらの神経がおかしくなってしまいますものね。

ゆ…様のご苦労を思うと、
どうぞ、ご無事でと祈らずにはいられません。

お酒にすがって生きてる夫との暮らしの中で、
私も、自分の体調管理の重要性を噛みしめております。

いつも、お心にかけて下さり、
本当にありがとうございます。

僕は2014年7月にアルコールの飲み過ぎで、痙攣を起して気を失ってしまいドクターヘリで北海道一の病院に担ぎ込まれました。59歳でした。気を失ったままACUとHCU
に2か月間入りました。その時の数値は血糖値450位gotとgptが120位γーgptが1800位でした。doctorから助かる可能性は50%植物人間になるかも、耳が聞こえなくなるかも、と言われたそうです。意識がない中で自分の葬式も見てきました。お花畑も見てきました。歩行困難になりその後リハビリーを4か月して戻って来ました。自分で本当に痛い目に合わなければアル中を治すのは困難です。!!

続きを書きます。奥様はご主人とは絶対別れないと思います。何故ならご主人の事が好きだから。僕もアル中のひどい時に妻に出ていけ、お前なんかいなくても俺は一人でやっていけると何度も言い放ちました。当然出ていくと思ってましたが妻は出ていきませんでした。退院してアル中も完全に治ってから(今は全く酒を飲みたいとは思いません)聞いてみると、やっぱりあなたの事が何となく好きだったからと言われました。でも僕は、その時は酒が一番で大きく離れて二番が家庭と仕事でしたから本当に出ていってもいいと思ってました。今考えると何て罰当たりな事でしょう。

続きです。僕の病名はアル中による髄膜炎です。その後遺症により左足が不自由になりました。何とか杖なしで歩いていますが、一時は医者に一生車椅子だと思っていてくださいと言われました。あと下半身に障害が残りました。尿が出づらくカテーテルを使って出してましたが今は自尿で出てます。大便も一時は全く感覚がありませんでした。今は感覚が戻ってきましたが、24時間いつでも便がしたい感じがしています。でもあのアル中の最中に酒を止めるという事は無理です。大病をしてやっと気が付くというのが本当の話です。それだけアルコールの脳の支配が強いと言う事です。

織部 慎吾 様

コメント、ありがとうございます。

お酒がもとで、壮絶な体験をされたのですね。
こんにち、織部様が生きておられるのは、
まさに、織部様の努力の賜物だと存じ上げます。

夫は、相変わらず、アルコール漬けの日々です。
お酒が一番で、大きく大きくかけ離れて、家族が二番なのでしょう。

この先、夫が回復することは、奇跡に等しいかもしれません。
今は、顛末を見届けたいと思っておりますが……。
心は絶えず揺れ動き、正直な所、どうなるかわかりません。。。。。
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