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年末に、緊急入院した病院は、
10月からお世話になっていた、H病院ではなかった。

激痛で駆け込んだのは、通院治療中のH病院だったが、
時期が悪かった。

痛みの原因を調べるため、
採血、採尿、レントゲン、CT、エコー等の検査で、
夫は院内を行ったり来たりと、大変辛い時間を過ごし……。

あげく、年内の診察は午前中で終了ということで、
すでに職員も年末年始の休暇に入っていて、
「人手不足のため、この病院では充分な処置が出来ません」

夫の体の診断も不明瞭なまま、
救急指定のO病院を紹介され、急いで移動。

O病院でも、似たような検査を受け、
結局、そのまま入院となったのだった。

O病院での夫の担当医は、40代半ばの男性。
ちょっと、高圧的な態度が目立ち、
冷たい印象のする人だった。

退院後の通院治療の選択を求められ……。

紹介元のH病院に戻るのか、
それとも、このまま、O病院で治療を続けるのか。

迷ったが、
入院設備が充実しているO病院を選んだ。

夫は、体調が落ち着いてくると、

「好きな酒も飲めないのなら、死んだ方がまし。
 飲むことが生きること!!」

飲酒を正当化し、
また、もとの呑兵衛に戻ってしまった。

酔っ払っている夫を見ていると、
もはや、私の願掛け断酒は無意味。

退院から、3か月足らずで、
また、もとの酔っ払い夫婦に戻ってしまった。

4週間ごとの診察時、
血液検査結果は、飲酒の影響で悪くなるばかり……。

「奥さん、ご主人にお酒を飲ませちゃ、ダメでしょう」

担当医が、私の落ち度を指摘する。

「禁酒が出来ないなら、ここでの治療は限界ですね」

担当医に突き放され、
夫の覚悟が決まったようだ。

次回の予約診察日を無断キャンセルし、
O病院との縁を切ってしまったのだ。

ただ、体調は悪いままなので、
自宅の近くの開業医に薬の処方を頼むことに……。

開業医は、夫の希望する薬を用意するだけで、
飲酒に対しては、大らかだった。

取りあえずの、薬の飲用は気休めに過ぎなかった。

その証拠に、
アルコールの弊害が体のあちこちに出て来ていた。

激ヤセが止まらない。

「生きるために、飲まない選択を!!」

いつか、夫が、
自身の本当の病気と向き合う日まで、
私に出来ることは、待つことしかなかった。 

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小吉

Author:小吉
相棒の発症のおかげで、
加減して飲むことを学習。
依存症予備軍!?
猫舌の呑助です。。。。。

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