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伝説

1週間程で、保護観察入院は解除された。
夫が希望した入院期間終了まで、1か月残っていた。

心と体を休めて、回復への道を歩んで欲しい。

夫は、元の4人部屋に戻されることを嫌がり、
移動日の朝、私に電話を掛けて来た。

「個室がいいけど、余計なお金がかかるから
 もったいないし……。
 だから、もう、退院しようと思う」

「お金の心配はいらないよ。
 入院保険があるから、個室でも大丈夫だから。
 ゆっくり、身体を休めようね」

あのような行為に及んだ夫の精神状態が心配で、
入院を終わりにするのが怖かった。

「わかった。有料個室に入ることにするね」

まずは一件落着と安堵した。

その日の午後、主治医から電話が……。

「病室に煙草を持ち込んでいましたので、
 規則により、強制退院となりました。
 症状もだいぶ落ち着いておりますので、
 外来通院で診て行きたいと思います。
 入院時のお荷物が多いので、
 お一人での帰宅は大変かと……」

悪夢だ。
個室で入院続行のはずじゃなかったのか。

折しも、娘と孫が体調を崩していたので、
病院に付き添ったり、食事の世話で私はてんてこ舞い。

娘の家にいるので、夫を迎えに行けないことを伝えた。

勝手に退院したのだから、勝手に帰ってくればいい。
そんな意地悪な思いもあって、
婿の帰宅を見届けてから、自宅へ帰るつもりだった。

夜8時近く、音を消した携帯に未登録の着信履歴が、
立て続けに何件も入っていた。
いぶかしく見ていると、また着信があった。
ふっと、夫の事が頭をよぎったので、電話に出た。

「奥さんですか。こちらは○○警察です。
 ご主人が車とぶつかりました。
 どこも痛くないので、大丈夫、一人で帰れると、
 おっしゃっていましたが……。
 ただ、かなり泥酔しているようで、
 足元がふらついていて危険なので、
 今、パトカーでご自宅までお送りした所です」

今すぐ自宅へ向かうと返事をして、
急いでも15分ほど掛かることを伝えた。

「ご主人に鍵を借りて、玄関を開けました」
 
お巡りさんは、夫をベッドに寝かせた後、
玄関を施錠し、鍵とメモ書きを
ドアポストに入れ、すぐに立ち去ったようだ。

どきどきしながら家にたどり着き、ドアを静かに開けた。
真っ先に、夫のいびき声が耳に飛び込んで来た。

安心した途端、怒りが込み上げて来た。

退院した日に泥酔!? 警察のお世話に!?
いったい、何をしているんだ!!

またまた酒まみれの日々が始まる。
寄り添うことへの限界を感じ、ため息が止まらない。

寝ていたはずの夫が、ふらふらと起きて来た。
「低血糖だ」と言い出し、計測をし始めた。
血糖値は34、確かに低血糖状態だった。

ブドウ糖を食べると少し落ち着いたようだが、
顔色は青白く、酔っ払いの顔には見えなかった。
お腹が空いたと言うので、軽い食事を用意した。

事故時の飲酒を努めて穏やかに尋ねてみた。

「お巡りさんが泥酔って言ってたけど……。
 外でそんなにいっぱい飲んじゃったの?」

「コンビニに酒を買いに行き、
 その場で缶酎ハイを1缶飲んだだけ。
 そのくらいじゃ、酔わないよ。
 ただ、意識がもうろうとして、歩きにくかったんだ」

千鳥足は低血糖のためだったらしい。

路地道で、車も徐行していたお陰で、
惨事にならずに助かったのである。

車にぶつかった時、
柔道の受け身のような体勢で、
夫はころんと一回転したと運転手が話していた。

子どもの頃、夫は柔道を習っていたのである。
護身が身に付いていたようだ。

不死身だ。

またひとつ、不死身伝説が増えた。

わき役

強制退院、再飲酒にわだかまりを残しながらも、
責めた所で、治まる病気ではない。

私は、静かに夫の出方を窺っていた。

「酒はやめられないから、月・水・金は飲む日。
 あとの曜日は飲まないようにするから……」

ごみの収集日じゃあるまいし、
そんなに規則正しく出来るなら、
もはやアルコール依存症ではない。

此の期に及んで、まだ病気をなめている。
あんなに苦しい思いをしても、
まだ、酒を手放す境地には至らない。。。。

浮かない顔の私が気になったのか。

夫は、平日の昼間は依存症回復施設に通い、
飲まない時間を過ごすようにすると付け加えた。

日がな一日、自室に籠っての飲酒は
さすがに良くないと悟っているようだ。

失敗体験が多すぎる夫には、
出来る限り、ハードルは低い方がいい。

回復施設の仲間たちとの時間の中で、
気付きを得てくれることを祈るばかりだ。

体力のない夫が、バスと地下鉄を乗り継いで、
回復施設に通うのは大変なことだと思う。

生真面目な夫が頑張り過ぎないよう、
遠巻きに様子を見守ることにした。

雷神猫

依存症の人たちの性格は様々で、
回復の仕方も多種多様。
だから、ひと様と比べない。

病気を治すのは、患者である夫自身。
私はわき役だ。
バイプレーヤーの演技力が試されている!?

底なし沼

朝、いつものように洗顔した夫は、
しばらく鏡とにらめっこしていたようだ。
顔を拭いたタオルに血が付いていたのだ。

「また、出てる」

いぶかる夫の顔を覗き込むと、
小鼻のほくろから、血がにじみ出ていた。

ほくろが目立つことを気にしていた夫は、
地元の皮膚科に相談に行った。
すると、大至急、大病院へ行くようにと、
紹介状を持たされて帰って来た。

二人で地元の総合病院へ向かった。
診察の結果、皮膚がんであることが濃厚となり、
検査のため皮膚の一部が切り取られた。

皮膚がんならば、がんの部分を大きめに切除し、
その傷跡に皮膚移植するという手術になるそうだ。
2~3週間の入院治療が必要らしい。

次から次から、病気がやって来る。
不安は、飲酒を加速する。

アルコール依存症治療病院を退院した当初は、
禁酒や節酒でやり過ごしていた夫だったが……。

早々に、止まらない飲み方に逆戻り。
またしても、底なし沼に足を踏み入れて……。

酒をやめることなんて絶対絶対無理。
そんな夫の確信が、私にも伝染する。

夫の回復を信じる気持ちが薄れていく。。。。

アルコール漬けじゃ、手術も見送りだろうなぁ。
いったい、夫はどうなってしまうのだろうか。


プロフィール

小吉

Author:小吉
相棒の発症のおかげで、
加減して飲むことを学習。
依存症予備軍!?
猫舌の呑助です。。。。。

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