進歩

酒を飲むことで生きて来た半生だ。
飲んではいけない身体になっても、
夫は酒を手放せずに愚図愚図している。

当人は、身体を気遣って、
節酒しているつもりのようだが……。

少なく見積もっても、毎日欠かさず、
ウイスキーのポケット瓶1本は飲み干しているのだ。

調子が悪くなるのは、火を見るよりも明らかだった。

夜半、夫の部屋の方から大きな物音が……。
恐る恐る見に行くと、
ベッドから落ちた夫が床に転がって寝ていた。

別の夜は、トイレの方からドスンと響く音が……。
トイレのドアが全開で、
夫がうつぶせになって倒れていた。
起き上がろうと四つん這いになるも、力が入らず、
体を起こすことが出来ずに固まっていた。

「大丈夫?」と側に寄ると、
「見ないで。見ないで」と絞り出したような声で、
夫が私を追い払うので、その場から離れた。

パンツを下げずに便座に座ったようで……。
パンツをおろそうと立ち上がり、
ふら付いて倒れて、そのまま失禁したらしい。

酒が悪さしている。

この調子だと、奇行が再現される日も近い。
何があっても落ち着いて対応しよう。
私が取り乱さなければ、何とか乗り切れるはずだ。

心の準備を始めて数日が経った昼下がり、
夫が身体の痛みを静かに語り出した。

下痢と腹痛に襲われている。
その痛みは、今までのとは違う。

「いったい、どうしちゃったんだろう」と、
夫は苦痛で顔を歪めながら、不思議がっている。

酒を飲み続けた結果じゃないかと思ったが……。

「いったい、どうしちゃったんだろうね」と、
おうむ返しに答えるだけにした。

痛みへの不安が募る夫は、
酒を止めているように見受けられた。

飲み出したら止まらない病気だが、
酒を止められないわけではない。
飲まずにいることは可能なのだ。

酒を止めても痛みが鎮まらないことに
危機感を覚えた夫は、地元の総合病院を受診。
取り敢えずの痛みどめを処方してもらった。

「どうせ、治らない……」が口癖で、断酒を否定。
いつ死んでもいいような物言いだったのに……。

いざ、具合が悪くなると、生きることに執着。

まだ生きていたいのなら、
酒と縁を切る以外、道はないのになぁ。

院内の家族会で、夫の現状を吐き出すと、
精神保健福祉士が私の心を軽くしてくれた。

「どう頑張っても止められない時期があります。
 減らそうとしていることは、ちょっとの進歩です

「進歩」という響きが、とても新鮮でうれしかった。


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小吉

Author:小吉
相棒の発症のおかげで、
加減して飲むことを学習。
麦酒以外の酒をたしなむ
猫舌の呑助?です。。。

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