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着手

まだ、家にいる。
ずっと、家にいる。

夫の身体は、再飲酒の影響でボロボロだ。
まともに、歩くことも出来なくなっている。
先日は、顔を壁の角にぶつけたらしく、
血だらけで、廊下に転がっていた。

血は止まらなくて、眉毛の所を4針縫った。
瞼は、内出血で紫色に腫れ上がり、
人相が変わってしまった。

こんな顔では、とても、人前に出れない。
会社を休み続ける口実がまた一つ増えた。

でも、おとなしく、ベッドで寝ている夫ではない。
アルコール依存症なので、
酒を切らすことが出来ないのだ。

帽子を深くかぶり、サングラスをかけ、
覚束ない足取りで、酒を調達に行っている。

2か月以上の入院生活は、なんだったのだろう。
認知は、歪んだままだ。

「何で、入院したの」

「痛かったから……」

「痛みの原因は、アルコールだったんでしょ。
 飲めば、また、痛みがぶり返すと思うけど……。
 だから、飲まない方がいいと思うけど。。。。。」

遠回しに、飲酒をたしなめたが、
余計なお世話だった。

酒を止める選択肢は、夫には無いようだ。

「結婚する時に言ったよね。
 俺は、50までしか、生きられないって……。
 それでも、いいかって、言ったよね。
 お前は、それを納得して一緒になったんだろ」

今さら、念を押されても、
聞いたような、聞いてないような。
記憶が定かでなく、返事に困ってしまった。

夫は、もうすぐ、53歳になる。
自分で決めた寿命は終わっているのだから、
後は、余分の人生ということらしい。

残り少ない人生、酒を我慢して、
生き長らえる必要はないと結論付けている。

自分のことしか、頭にない。
自分が飲み続けることしか、考えていない。

そういう病気の真っただ中に夫はいる。
病人相手に、腹を立てても、しょうがないが……。
心は折れる。。。。。

「オーイ。オーイ。聞こえないのか!!
 オーーーーーーイ!!!!!!」

夜半になると、夫の怒鳴り声が響き渡る。

ベッドの上で、横たわったまま、
自分では動くこともままならない。

聞こえない振りをしていると、
叫び声はエスカレートし、近所迷惑に……。

いい加減にしてほしくて、覗きに行くと、

「水を持って来い!!」
「布団を掛けろ!!」
「湿布を貼れ!!」
「トイレに連れて行け!!」

すべて、命令口調だ。
痛みを抱えて、じりじりしている暴君がいる。

今なら、私の方が、腕力も脚力もありそうだ。
蹴飛ばしてやりたくなる。

でも、げっそりと痩せ細り、
苦痛で顔を歪ましている夫を見ていると、
これ以上、苦しみを与えてはいけないように思えてしまう。

ふたりで、怒り合うことはない。

酒の呪縛から離れられずにいる夫。
この先、どうなろうと、決めるのは夫だ。

私のこれからの人生、
どうしたいのか、決めるのは私だ。

距離を置くための居場所を確保する準備に着手。
正しい状況判断が必須になって来た。

救いの手

11月7日は、夫の誕生日だった。
嫁いだ娘も、父へのプレゼントを携えて、
家に戻って来た。

バースデー・ケーキには、53歳分のろうそく。

体調の悪い夫は、口数も少なく、
用意されたご馳走を半分ほど食べると、
そそくさと自室に引き上げてしまった。

これまでで、いちばん地味な、お誕生日会だった。

娘が泊まりに来ているのに、
夫は部屋に籠り、ほとんど顔を出さない。

娘とのお喋りを楽しんでいると、
苛立出しく私を呼び付ける夫の声が……。

中途半端にアルコールが入っているようで、
小さなわがままが目立つ。

父の命令に服従し、
家の中を行ったり来たりする母の姿を、
娘は哀れに思ったのかもしれない。

後日、娘から、長い長い携帯メールが届いた。

『パパのこと、
 どうしていったらいいかは、 本当に難しいけど、
 このままじゃママが辛すぎると思う…
 アタシはそっちの方が心配だよ。

 ママは優しいから、逃げ出したくても
 ギリギリまで耐えちゃうかもしれないけど、
 ギリギリの一歩手前で方法変えてみるのもありだと思うよ。

 それでも何も変わらないパパだったら、 
 本当に悲しいし悔しいけど、
 期待してるこっちも、期待されてるパパも、
 辛くなるだけだから、諦めるしかないよね。

 冷たいかもしれないけど、試してみなきゃわかんないし。
 まぁ、試した結果が最悪の方向だったらって考えると
 本当に辛いけどね。

 でもママが、もしパパと距離を置くことにしても、
 ママは本当に優しいから、
 見えないところのパパが心配で、そっちの方が気になって、
 気持ちが休まらないかもしれないし…。
 って考えると何が最善の方法なのか
 全然わからなくなっちゃうんだけどね。

 だから、一番パパと長くいて、
 ずっと一緒に生きてきたママが決めた答えが、
 やっぱり正しいんだと思う。

 結局なんのアドバイスにもならないけど…。

 でも、長くいたせいで情とか湧いちゃうし
 見捨てられないって思う気がするから言うけど、
 ママはもう充分頑張ったと思うよ。
 
 ママは意外と、
 いろんなことを途中で投げ出さない人だよね。
 でも、今回のことは投げ出したうちに入らないと思うよ。
 
 パパの復活とママの休養を兼ねてって思えばいいじゃん!
 パパがやる気出したら、
 また一緒に頑張ることだってできるし!
 ママの行くとこなければ、うちに来ればいいし。

 今まで、パパのやる気出させるために頑張ったじゃん。
 でも、パパはやる気出ないじゃん?

 だからこのままじゃ変わらないんだよ。
 変わりたいと思っても変わり方わかんないんだと思う。
 タイミングとか気持ちの整理とか。
 今の状況じゃ踏み切れないんだよ。
 パパにとっては全然極限じゃないんだよ。

 今の状況で良くなれ、頑張れって言うのは、
 もしかしたらパパにとっては酷なことなのかもしれないね。

 本当に難しい選択だけど、 
 アタシはママに元気で楽しくいてほしいと思うから。
 パパもそうだけど、
 ママにとって最善の方法を選んでほしい。

 急かすつもりも、
 なんか行動しろって強要するつもりもないよ。
 ただ思ったこと言っただけだから、ね。』

読みながら、途中、何度も文字が霞んでしまった。
娘から救いの手を差し伸べられて、私の心が癒されていく。
こんな娘を持って、私は本当に果報者だ。

大切なことは、軽々しく即断してはいけない。
冷静であることが重要だと思う。
最善の方法を模索している。

臆病風

「いつまでも、親の側で甘えてるんじゃない。
 さっさと、家を出て、自立しろ!!」

いらいら八つ当たりする時の夫の口癖だった。

「出て行ってくれ!!
 いつまで家にいるつもりなんだ!!」

契約社員の息子は、経済的に苦しく不安定だ。

でも、安眠できない家で暮らすよりマシと考え、
夫には相談せずに、息子と二人で、
安い1Kのアパートを探し回り、契約した。

夫の誕生日が過ぎた週末、
息子は、こっそりと引っ越しした。

夫の希望通りに事が運んだのだ。
なんの文句があるというのか。

息子の姿がない家で、
ますます、夫は機嫌が悪い。

「稼ぎもないのに、部屋を借りて、
 あいつは、やっていけるのか!!」

「パパが出て行けと言ったんでしょ。
 今更、心配することもないでしょ。
 もう、あの子が決めたことなんだから……」

確かに、見切り発車のひとり暮らしだ。
しかも、生まれて初めての……。
私が、箱入り息子に育ててしまったのだ。
夫の心配は私の比ではない。
誰よりも、息子の暮らしを案じている。
息子に、付いて行きたいくらいだ。

でも、母親が付きまとい、
息子の生活を邪魔するわけにはいかない。

大酒飲みの夫を選んだのは、私だ。
酒に取り付かれ、変わり果ててしまっても、
まだ私の夫である。

体中が、酒毒でボロボロで、痛い所しかない。
神経は、絶えずピリピリしていて、
私へのあら探しが止まらない。
意地悪く、しつこく、責め立てて来る。

元気な酔っ払いなら、
とっとと、置き去りにして、
本人の目覚めを待ちたいところだが……。

今の夫は、立ち直るどころか、
自滅してしまう勢いなのだ。

夫を一人残して、家を出るには、
時期を逸してしまったように思えて……。

臆病風に吹かれたまま、
私は夫の周りをうろうろしている。

ただ、地獄の道連れは、私一人でいい。

娘は嫁いだ。
心優しい伴侶を得たので、一安心だ。
息子も、自立への一歩を踏み出した。

これ以上、親の病気に巻き込まれることなく、
自分の人生を第一に考えて、生きて欲しい。

私のやり方は、生温いのかもしれない。
結局、私も夫も、半人前ということなのだ。

一人じゃ生きていけないから……。
だから、文句を言い合いながらも、
まだ、いっしょにいるんだと思う。。。。。
プロフィール

小吉

Author:小吉
相棒の発症のおかげで、
加減して飲むことを学習。
依存症予備軍!?
猫舌の呑助です。。。。。

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