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的中

診察が終わり、病院前のバス停で、
親子3人、駅へ向かうバスを待っていた。
午後の日差しは、じりじりと不快だった。

バス到着まで、20分ほど時間があり、
他愛無いお喋りで、やり過ごしていたのだが……。

突然、夫が小刻みに震え出し、声が出なくなった。
前日の深夜に救急車を呼んだ時と同じ症状だった。
その時は、夫の意思で救急車には帰って頂いた。

今回も、症状はすぐに治まったので、
とにかく、自宅へと帰路を急いだ。

バス、電車、タクシーと乗り継いで自宅へ戻るまでの間、
数分間の小さな震えは、4回ほどあった。

夫は声こそ出ないが、意識ははっきりしていたようで……。
私や娘の問い掛けには、
首を縦や横に振りながら、答えていた。

自宅に戻った夫は、ほっとしたのだろう。

「さっきは、驚かせちゃって、ごめんね。
 もう、大丈夫だから」

具合が悪くなった時の自分の様子を、
夫はちゃんと覚えていた。

繰り返された痙攣のような発作を振り返ると、
「本当に、大丈夫かなぁ」と不安が募る。

そして、不安は的中する。

かなり大きな痙攣で、体中の震えが止まらず、
夫は、声を振り絞って、
「救急車を……」と、願い出たのだ。

搬送先の救急指定病院の処置室で、
夫は大発作を起こし、かなり激しく暴れたそうで……。

結局、入院して経過観察になった。

私と娘の帰路の足にと、
息子の車をあてにして呼び出したのが、まずかった。

家族は、疲労困憊していた。
連日の夫の奇行で、息子も寝不足が続き、
疲れ果てていたのだ。

夜の病院の待合室で、兄妹喧嘩が勃発。
思いも寄らない光景に、私は気が動転した。

狂気

取り敢えずの父親の着替えを持って、
息子は、車で、病院に駆けつけてくれた。

夫の入院準備が整うまで、私と娘は、
入院病棟の待合室で待つよう指示されていた。

その部屋に息子が顔を出したのは、夜9時近く。

息子の仕事は、朝が早い。

「明日は、3時に家を出ないと間に合わないんだ。
 なんで、こんな時に入院なんかしてんだよ」

このところ、夫の奇行が度を越していて、
騒がしい深夜が続いていたのだ。

狭い間取りの我が家、
息子が安眠できるはずがなかった。

今日こそ早く寝ようと思っていた息子は、
突然の入院騒ぎで、また振り回されてしまったのだ。

心にゆとりがないと、愚痴が出て言葉もきつくなる。

「勝手に酒飲んで、身体、壊して。
 いい加減にしてほしいよ。
 ずっと、寝不足なんだ。 仕事が出来ないよ。
 酒やめられないなら、とっとと、死んでくれ!!」

兄の投げ遣りな言い方に、妹がキレた。

「なんで、そんな酷いこと言うの!!
 パパは、病気なんだから……」

「治す気もないくせに……。
 もう、振り回されるのは、たくさんだ。
 死ねばいいんだよ!!

残酷なことを言う兄が許せなかったのだろう。
娘は泣きながら、兄の頭や身体を叩いていた。

生まれて初めて妹に殴られた息子は、
頭に血がのぼってしまったのだろう。

あわや、取っ組み合いの喧嘩となりそうな勢いだった。

いい加減にしてほしい。
ここは、入院病棟の待合室だ。

ふたりの間に入り、冷静になるよう諭したが、
娘も息子も怒りが治まらない。

口が達者な娘は、兄をなじり続けて……。

その口を黙らせたい息子だったが、
妹に手を挙げることが出来ず……。

持っていた荷物を床に投げつけ、車のキーも叩きつけて……。

鍵はリモコンの部分が割れて、無残な姿になってしまった。

それでもまだ治まらない息子は、待合室の壁に八つ当たり。
こぶしで、壁を数回叩いていた。
 
P1060606.jpg

狂気の沙汰だ。 
家族がおかしくなっていく。

依存症の夫の言動ばかりに心奪われ、
その間の息子の苦悩を置き去りにしていたことを
私は、何度も何度も息子に詫びた。

娘と息子がこのまま居合わせたら、事態は収拾しない。
息子には、先に帰ってもらった。

やっと、夫の病室に案内されて、
娘とふたりで夫の様子を見舞うと、夫は眠っていた。

少しして、目を開けた夫は、息子の姿を探していた。
明日の早朝出勤に備えて先に帰ったと説明すると、
「そっか。。。」と、寂しげだった。

夜10時を回り、私たちは病院を後にした。
娘は、兄がいる実家には寄らずに、
電車を乗り継いで、自分の家へ帰って行った。

やっと、自宅に帰り着いた私は、
息子の手が気になり、息子の部屋を覗いた。
左手が湿布だらけだったが、
寝息を立てていたので、少し安心した。

保冷剤をハンカチで包み、息子の手に巻き付けて、
一息つくと、12時だった。
目まぐるしい一日が終わった。。。。。

我慢者

痛みを我慢してしまう所は、父親譲りなのかもしれない。

息子は早朝の仕事に出たものの、
壁に打ち付けた両手の痛みは、半端なかったそうだ。

仕事終了後に、整形外科に駆け込んだらしい。

その頃、私は、夫を見舞っていた。
夫のベッドには、身体抑制のベルトが残っていた。

昨夜、処置室で大きく暴れたためと、
看護師から説明されても、
夫は思い出せず、不本意な様子だった。

大変な所は、何ひとつ覚えていない夫。
大したことではないと、過小評価している。

アルコール依存症治療へと繋げたい私は、
予約していた専門病院へ今回の救急措置を伝えて、
入院の日取りを早めて頂いた。

良かれと思ってしたことだったが、
夫にとっては余計なお世話だった。

思いが噛み合わない。。。。。。

夫は、依存症治療を受ける気があるのだろうか。

重い足取りで、家に帰ると、
仕事を終えた息子は既に帰宅していた。

息子の利き手には真新しい包帯が巻かれ、
テーブルの上には処方箋の袋が……。

ケガの具合を尋ねると、

「折れてる。 もう、使い物にならない。
 粉砕骨折だって。 後遺症が残るって。
 指は動かない。 野球も出来ない!!」

息子のぶっきらぼうな口の聞き方に、
私は、息が止まりそうになった。

取り返しがつかない罪に襲われ、
どうしたらいいのか、分からない。

「大きな病院で、診てもらおう」

そんなことしか、言えなかった。。。。。

「いいよ。 無駄だよ。
 仕事休めないし、そんな時間ないし……。
 もう、いいから……」

私は、息子の部屋から追い出されてしまった。

P1050944.jpg

夫さえ、こんな病気にならなければ、
息子が手を怪我することもなかったのに……。

夫自身の将来だけじゃなく、
息子の将来までも潰す夫の病気が恨めしい。

その病気に背を向けて、
ぐずぐず煮え切らない夫が疎ましい。

私たち家族は、どうなってしまうのだろう。
問題が大きすぎて、私の思考は止まってしまった。

家族の歯車がずれて行くのを、
ぼんやりとしたまま、やり過ごしている。。。。

ほら吹き

当初、4~5日は入院して経過観察のようなことを
救急科の医師は言っていた。

だから、入院した翌々日の午前10時過ぎ、
いきなり、病院からの電話で、
夫の退院を告げられるとは思ってもいなかった。

病院は、リゾートホテルではないのだから、
症状が落ち着けば、出されるのは当然なのだが……。

午後番の勤務が入っていた私は、
職場に遅刻することを伝えて、病院へ向かった。

夫には、息子のケガをまだ説明していなかった。
家に帰えり、息子の包帯を目の前したら、
その訳をけげんそうに尋ねるに違いない。

やっぱり、今のうちに話しておこうと思った。

夫は、病室での最後の昼ご飯を食べ始めていた。
「美味くない。。。。」
病院食は、そんなものだ。
不平不満ばかり並べたら、食事はますます不味くなる。

いったい、何様のつもりなのか。
自分の立場をわきまえて欲しい。。。。。

夫に対して、苛立ちを覚えていた。

だから、兄妹喧嘩の流れで、
息子が左手を粉砕骨折したことを伝えた時も、
夫を責めているような物言いになってしまった。

夫は、黙ったままだった。
ショックを与えてしまったかも。。。。

夫も病人なのだ。
いたわりが必要なのだ。
優しくなれない自分が情けない。。。。。

しばらくして、うつむいたまま夫が小声で言った。

「このまま、ずっと指が動かない!?なんて……。
 そんなことあるわけないだろう。
 あいつが、わざと大袈裟に言ってるだけだろ」

息子のケガを心配するどころか、
息子をほら吹き呼ばわりしている。

夫には、何も響かない。
夫は、自分の身体の不調で一杯いっぱいなのだ。

切羽詰まっている夫が、
人のことなど思い遣れるはずがないのだ。

退院後、夫は、自分勝手の思い込みに執着し、
簡単な問題をより複雑にしていったのだった。

意地悪な虫

何を寝ぼけたことを……。
家族は、開いた口がふさがらない。

「しばらく、旅に出るから……」

実母に会いに行く。
中学時代の友人に会いに行く。

夫の母は、今年84歳になる。
痴呆で、老人介護施設に入っている。
帰省は年に一回以下の息子の顔を
彼の母は覚えているのだろうか。

田舎の友人は、夫の本当の病気を知らない。
羽目を外して、飲み明かすことだろう。

半病人の夫が、今、
一番にやらなくてはいけないことは、
アルコール依存症の入院治療である。

すでに、入院予約済みなのだ。

自身の病気が落ち着いたら、
気が済むまで、田舎でゆっくりすればいい。

2泊3日の救急入院から帰ったばかりの夫に、
神奈川県から山口県への長旅に耐える体力はない。

家族は皆、彼の無謀な計画を反対したが……。

夫は、言い出したら後へ引かない。

「アルコール依存症の専門病院に入院したら、
 3か月近く、拘束され、我慢の日々を送ることになる。
 だから、今のうちに、やりたいことをやってしまいたい。
 入院予約日の前日には帰って来るから……」

娘は、父親の危険な旅を阻止しようと懸命に訴えたが、
願いは届かず、絶望感で仕舞には泣き出してしまった。

家族を敵に回して、
夫は新幹線を乗り継いで、田舎に行ってしまった。

そして、自宅に戻る予定日の前夜、夫から電話が……。
こちらへの到着時間を知らせるものと信じていた私は、
受話器を投げ捨てたい衝動に駆られた。

「最初は、俺の顔見ても、分らなかったのに……。
 やっと、俺の事、思い出してくれて……。
 俺の顔見て、かあちゃん、ずっと泣いているんだ。
 俺、かあちゃんの側に、も少し、いてあげたい。
 だから、病院へは入院日の変更をしておいたから……」

話が違うではないか。
入院に間に合うよう戻る約束だったのに……。
夫は、嘘つきだ。

痴呆はあるが、母親は危篤でもなんでもない。
今すぐ、命に係わる病気はない。
規則正しい入所生活のお陰で、
痩せていた母親は、顔も体もふっくらとなり、元気らしい。

むしろ、夫の方が心身ともに病気漬け状態だ。

自身の入院を1週間以上も延期してまで、
母親に寄り添う理由が、理解しがたい。

入院したくない口実としか思えない。

父親の入院が自己都合で変更になったことを
子どもたちに告げた。

娘は、「パパを信じられない」と、大きく嘆いた。

息子は、「やっぱり。。。。」と、ひと言。
想定内のようで、動揺していなかった。

そんな息子に、つい、愚痴をこぼしてしまった。

「泣きやまないおばあちゃんの事が心配で、
 こっちに帰れないなんて。
 パパが側にいて、おばあちゃんの顔を見続けていても、
 おばあちゃんのボケが治るわけじゃないのに……。
 もう、顔を見たのだから、気が済んだはず。
 今度は、自分が身体を治す番なのに……。
 パパは、勝手な事ばかり言っている。。。。。」

夫への不満をぶちまける私に、息子が静かに言った。

「たぶん、まだ、ずっと先かもしれないけど、
 もし、ママがボケちゃって、
 俺の顔を見て、ハラハラ泣いていたら、
 俺は、ずっと、ママを見ていると思うよ。
 ママが、俺の事を息子だと分らなくなっちゃっても、
 俺は、側でママを見ていたい。。。。」

私には、目に見えている夫の病気しか頭にない。
これ以上、夫の病気に振り回されたくない。
一日でも早く、夫が回復してくれなくては困る。
半世紀を過ぎた私の人生は、後はそう長くない。
残り少ない人生を穏やかに暮らしたい。。。。。

私こそ、自分勝手そのものだ。

つらい夫の立場を思い遣ることなく、
夫の母親を切り捨てている。

一事が万事、この有り様。
私が、夫の病気の進行に拍車を掛けている。

自分の心の中に、意地悪な虫が住みついている。

無理の一点張り

会社からの貸与だった携帯電話は、
夫の休職で取り上げられてしまった。

プライベートの携帯を持っていない夫は、
公衆電話で、田舎での居所を連絡していたのだが……。

入院予定日を勝手に変更した知らせを最後に、
音信不通になってしまった。

「パパが、いる!!」

娘からの電話で、夫の居場所が判明。

キャンセルした入院予定日の朝、
帰路の新幹線に乗った夫は、自宅を通り越し、
娘の家に向かったのだ。

玄関先で、娘に旅の土産菓子を手渡すと、
「帰るからタクシーを呼んでくれ」と、言ったそうだ。

父親の突然の来訪もさることながら、
ろれつが回らない口調にも、娘は戸惑っていた。

おそらく、新幹線の車内で夫は飲酒三昧だったのだろう。

帰ると言いながらも、自宅に戻るのではなく、
駅前のビジネスホテルに泊まるような口ぶりの父親に、
娘は困り果てていた。

私が待ち構えている自宅の敷居は、
酔っ払った状態の夫には、高すぎるのだろう。

田舎でもホテルを転々として、
こちらに戻ってもホテル暮らしで散財しようとしている。

ただただ呆れるばかり、ほとほと愛想が尽きたが……。

アルコール依存症の身体でさまよい歩けば、
事故のもとだし、世間の迷惑だ。

父親と一緒に電車に乗り、
自宅近くの最寄駅まで付き添うよう、娘に頼んだ。

夫への文句は言うまいと気持ちを切り替えて、
私は、待ち合わせの改札口へ……。

「お帰りなさい」と、精一杯のつくり笑顔で出迎えると、
「ケツが痛くて。痔が出た」と、夫は顔をしかめていた。

まったく、開口一番が、痔の話とは……。
飲み過ぎの結末。 身から出た錆じゃないか!!

苛立ちを覚えたが、こらえた。
酔っ払いの機嫌を損ねてはならない。
私の使命は、夫を自宅へ連れ帰ることだ。

痛くて歩けないのか。
酔いが回って歩けないのか。

ごちゃごちゃになっている夫をタクシーに押し込み、
やっとのことで、自宅にたどり着き……。

やれやれ、これで一安心と思いきや、
長ズボンを脱ぎ捨てた夫の足が大変なことになっていた。

あちこち内出血していて、大きなアザが……。
すり傷もあり、傷口からは血がにじみ出ている。
しかも、足首が見当たらないほど、
両方のすねは、パンパンにふくれていた。

田舎での暴飲暴食の結果を物語っている。
アルコールに翻弄されて、身体は滅茶苦茶だ。

最悪の体調が回復しないまま、
変更した入院予定日の朝になり、
夫は、まさかのドタキャン劇に打って出たのだった。

「具合が悪すぎて動けない。 痔が痛い。
 下痢が止まらない。 入院は無理だ。。。。」

夫は、ベッドで伏したまま動こうとしない。
今は無理、体調が落ち着かないと無理の一点張りだ。

病院は、具合の悪い人が行く所なのに……。
どんなタイミングでの入院を望んでいるのか。

まったく、往生際が悪すぎる。

結局、入院を見送った夫は、連続飲酒に拍車がかかり、
さらなる苦痛で八つ当たりのような暴言がエスカレート。

私が側にいる限り、夫の回復は無いように思えて……。
きっと、共倒れになってしまうのだろう。

今が、潮時なのかもしれない。。。。。

距離を置くことで、
見えて来るものがあるような気がする。
プロフィール

小吉

Author:小吉
相棒の発症のおかげで、
加減して飲むことを学習。
依存症予備軍!?
猫舌の呑助です。。。。。

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