小細工

夜更けの料理人は、不用心だ。
もうろうとした頭で、煮炊きして欲しくないのだが……。

食べたい一心で、よろよろしながら夫は炊事場に立つ。
冷蔵庫は開けたまま、水道の水は出しっぱなし。

騒がしい上に、危険だ。

その夜は、ガスの点火にもたつき、
コンロの操作つまみを何度も回し直していた。

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コンロの火が中々つかないはずだ。
夫が回していたのは、グリル用のつまみ。
ふたつ並んでいるので、間違えたようだ。

やっとのことで、コンロの点火にこぎ着け、
インスタントラーメンが出来上がった。

麺の熱さにむせびながらも完食した夫は、
満足したようで、すぐに眠りに就いた。

夫が去った後、流しには洗い物が山積み。
ガステーブルも吹きこぼれで汚れていた。

深夜に、後片付けなんかしたくない。
見て見ぬ振りで、危うく見落とすところだった。

ガステーブルのグリルのつまみが、「開」の位置に……。

慌てて、グリル内を覗くと、青白い炎が揺れていた。

先程の誤ったつまみ操作で、グリルに火がついたのだ。
酔いどれ料理人のいい加減さに呆れ返るばかり。。。。

火の不始末は、火事のもとだ。

酒にまつわる小言は、極力控えてきたが……。
さすがに身の危険を感じたので、後日、事実を伝えた。

元来、疑り深い性質の夫は、私の話を信じようとしない。

「俺は、知らない。 やってない」の一点張り。

ブラックアウトなのかもしれない。
夫に改善を求めても、期待できそうもない。

13年以上も使用している古いガステーブルだ。
壊れてもいいと思った。

グリル用の操作つまみを思い切り引っ張ったら、抜けた。
これで、つまみを間違えて回すことはなくなるだろう。

ガムテープで封印、苦肉の策だ。。。。。。

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いったい、私は、何をしているのだろう。
その場しのぎの小細工が、いつまでも通用する訳がない。

強烈な飲酒欲求が病的なものと知りながら、
その治療には消極的で、回復を信じない夫。

病人なら病人らしく、
静かに弱っていってほしいものだ。

私の心に鬼が住んでいる。
心の鬼が、じわじわと大きくなって……。
心に余裕がなくなって、人に優しく出来ない。。。。

赤毛ねぎ

土日は、勤務がない。
飲みたい時に飲みたいだけ、酒が飲めるのだ。

アルコールに依存した身体で、
しかも、再飲酒の堂々めぐりの中、
夫が飲まずに過ごすなんて有り得ない。

脳内に出来たアルコール回路による、
飽くなき飲酒欲望は、強烈なのだ。

休日は、日中から飲んでいると思う。
夕食時には、酔いが回っているように見えること多々。

本人は、普通を装っているのだが、
箸を持つ手に力が入らず、ごはんもおかずも逃げて行く。

そんな夫の横で、私は、ごはんもおかずも喉に通らない。

食べ物のほとんどが、夫の腹に収まることなく、
テーブルの上に散らばっている。

そして、そんな夜は、空腹の料理人が登場するのだ。

夫は足元をふらつかせ、台所に立ち、
カップ蕎麦を食べる準備に入った。

冷蔵庫から長葱を取り出し、包丁で切り始めた。
好物の白髪ねぎをトッピングしたいのだ。

手元の怪しい料理人に、繊細な包丁さばきは不可能だ。

「いてぇ~~~~」

夫は、自分の指先を切ったようだが、
手を休めることなく、黙々と葱を切り続けていた。

その静けさが不気味で、
背後から様子を窺い、ぎょっとした。

左の人差指の先から、ぽたぽたと血が流れて、
まな板も葱も血だらけ。

見兼ねて、口を出してしまった。

「危ないから、包丁を置いて……。
 痛くないの? 血が出てるのに……。
 ケガの手当てをした方がいいと思う」

「横で、ごちゃごちゃうるさいな!!
 だったら、見てないで、代わりに作ってよ。
 腹減ってるんだから!!」

まったく、どんだけ腹を空かしているんだ。
まずは、傷の手当が先じゃないのか。

このまま続けさせていたら、指を切り落とし兼ねない。
夜中に救急車で病院行きなんて、私はコリゴリなのだ。

代わりに作ることを約束し、
夫を食卓の椅子に座らせ、その指に包帯を巻いた。

白髪ねぎには血がしみ込んでいて、
水洗いしても落ちなかった。

夫が食べるカップ蕎麦だ。
夫の血入り葱でも、不都合はないだろう。

うとうとしている夫の肩を叩いて、
出来上がった蕎麦を勧めると、

「もう、食べたくない。寝る!!」

さっきまでの危ない料理人は、わがままな客に変身し、
ふらふらと寝床へ行ってしまった。

夫の血入り蕎麦はゴミ箱へ直行となり……。
食べ物を粗末にしてしまったこと、
夫の行動に干渉してしまったこと、
することなすこと裏目に出て、落ち込むばかり。。。。。

あ~、気が重い。
また、土日がやって来た。

夫との距離感が難しい。

間違った世話を焼いて、
夫の回復を遅らせてしまっている。。。。。

いつか

事態は好転しない。

夫が自ら、アルコール専門病院への入院を決めた時、
私は、これで全てがうまくいくと思った。

入院生活で、依存症についての正しい知識を学べば、
きっと、飲まない生活が始まると思っていた。

体から完全にアルコールが抜けたのだから、
酒が原因の体調不良も徐々に快方に向かうだろう。

ところが、退院後、3か月足らずで、夫は飲酒再開。
以来、隠れ酒が止まらない。
当然、体調も悪くなるばかりだ。

飲酒の影が見えるたびに、私の心は、どんよりと曇る。

でも、必要以上に悲観しても始まらない。。。。。

いつか、きっと。
このままで終わる夫ではない。
いつか、きっと、断酒への道を歩き始めるに違いない。

根拠のない希望に支えられて、
夫の前では、平静を装い、やり過ごして来た。

しかし、事態は好転しない。
むしろ、破壊的だ。

最近の夫は、飲んでいる自分を小出しにアピールする。

今にも雨が降り出しそうな寒い日だった。
夫の誘いで、昼は外食になり、近くの海鮮料理店へ……。

「熱燗でお願いします」

メニューに目を通す前に、さっさと日本酒を注文。
その一言で、私の食欲は一気に失せた。

少しは、気まずい思いもあるのだろう。
店主から、徳利の大きさを尋ねられて、
「一合で…」と返事していた。

手酌で、ちびりちびりと飲み進める夫。
飲み続けて死ぬ道を歩む夫。

それで、夫がいいならば、良しとする。
夫の生き方は、夫にしか決められない。

どんな状況でも、受け入れて生きて行こう。
私の夫は、このままで終わる男ではない。
いつか、きっと。
事態は好転すると信じたい。

命取り

夫の隠れ酒が日常化している。
アルコール依存症者の飲酒は、命取りになる。

娘の結婚式の日取りが決まった。
当初、11月を予定していたが……。

「それまで、俺、持つかなぁ。。。。」

気弱なことを言う父親を案じて、
娘たちは、挙式を9月に早めた。

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鯉のぼりが泳ぐ季節になっても、夫はカイロが手放せない。
両足の冷えが尋常じゃないくらい酷いそうだ。

本人は、糖尿病の症状と思い込んでいる。
恐れているのは、足の壊死。

花嫁の父は、モーニング姿で娘をエスコートする役目がある。
病状が悪化して、歩行困難になってしまったら……。
娘を悲しませることになるだろう。

夫は、最悪を想定したのかもしれない。
ずっと拒んでいたインスリン注射を受け入れたのだ。

でも、病状が安定するわけがない。
酒を飲み続けている限り、糖尿病も進行するだろう。

なんで、夫は飲み続けるのだろう。
飲酒をコントロールできない病気だから???

でも、入院で、夫の酒は止まったのだ。
退院後も、しばらくは、飲まない日々を送っていたのに……。

 「断酒」とは、自ら飲酒しない生き方を選択し、
   実践を続けること=「生き方の選択」

 「禁酒」とは、我慢して飲まないこと=「酒との闘い」

あの時の夫は、禁酒だったのだ。
だから、我慢は続かず、飲んでしまったのだろう。

酔うことで、不満や不安、恨み、
その他諸々の不定愁訴から、いっとき開放されて……。
酒を手放すことは出来ないと結論付けてしまったのだろう。

飲酒は、命取りだ。
夫には、まだまだ、生きていて欲しい。
インスリン注射が有効に作用するよう、
酒を飲まない生き方を視野に入れて欲しい。

夫が自分の本当の病気を認め、
助かりたいと願う時が、早々に訪れるよう。。。。。

私は決めたのだ。

夫を励まさない、慰めない、責めない。
夫の感情に巻き込まれてはいけない。

突き放すことなく、いつもと同じに接するよう努める。
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プロフィール

小吉

Author:小吉
相棒の発症のおかげで、
加減して飲むことを学習。
麦酒以外の酒をたしなむ
猫舌の呑助?です。。。

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