私の母は、酒が飲めなかった。
父に勧められて、ビールを一口飲んだだけで、
真っ赤になり、フーフー言っていた。
「女は酒が飲めない。酒は男の飲物」と、
子ども心に思っていた。
だから、夫と付き合うまで、
私は酒を飲んだことがなかった。
大学のサークルのコンパで、
夫は、楽しそうに、酒を飲んでいた。
他の男子のように、酔い潰れたり吐いたりすることなく、
きれいな飲みっぷりだった。
それは、それは、美味しそうに飲むので、
「本当にお酒が好きなんだなあ」と思った。
酒の味が気になって、ある日、いっしょに飲んでみた。
恐る恐る、口に入れたのだが、
母のように真っ赤になることもなく、
気が付けば、1升瓶が空に……。
どうやら、酒豪の父の血を受け継いでいたようだ。
母の代わりに、
父の酒相手が出来たかもしれないのに……。
残念だ。
父は、胃癌のため43歳で、他界していた。
こうして、私は、
夫の酒相手に収まり、呑兵衛街道まっしぐら。。。。
酒に翻弄される人生の幕開け???
夫は大酒飲みだが、
酔って、家族に暴力を振るうことはなかった。
酔っ払い特有の話のくどさはあったが、
飲むだけ飲むと、寝てしまうので、
夫の大量飲酒は、大体が放任状態だった。
夫の飲むスピードがあまりにも速くて、
その給仕に追われ、
こちらは、落ち着いて飲んでいられなくなり、
初めて、夫の飲み方の異常さに気付いた。
何度も、飲み過ぎを注意したが、
既に、私も飲み過ぎているので、説得力がなかった。
長年の大量飲酒による弊害が、体のあちこちに表れて、
病院に駆け込むと、酒を抜く治療を勧められ……。
目の前にある体の痛みから、逃れたい一心で、
夫は、紹介先の専門病院での入院を受け入れた。
だから、体の調子が回復すれば、
また、酒を飲みたくなってしまうのは、予測ができた。
でも、家族思いの夫は、
きっと、「飲まずに生きる道」を選んでくれるだろう。
そんな淡い期待もあったが……。
気が付けば、酒は夫の体内に収まっていた。
飲めば、体は絶不調へと急降下。。。。。
あの入院から、ちょうど、2年が経ち、
今、夫は、より進化した痛みに包まれて、
自暴自棄になっている。
夫が、何よりも、酒が大好きで大切なものと、
頼りにしていたのは、知っている。
でも、命はもっと大切だ。
大切な命を守るために、
大切に思う酒を捨てなくてはいけない。
夫は、ぎりぎりの決断を迫られている。
ちょっと、調子が良くなると、酒を一杯引っ掛ける。
どうにもならない現実から、
酔いの世界へと逃げ込んで……。
四六時中、うつらうつら、寝ている。
そんな日が数日続くと、
決まって、五臓六腑が悲鳴を上げる。
その痛みに顔を歪め、
苦痛が過ぎ去るのをひたすら耐え忍んで……。
やはり、一日中、寝転がっている。。。。。。
この光景を何度見て来たことだろう。
何度、絶望感に襲われたことだろう。
私が心配しても、しなくても、夫は酒を飲む。夫は、そういう病気なのだ。
断酒で、病気の進行を抑えることはできるが、
病気そのものは、治らない。。。。。。
この先、一生涯、病気と付き合っていくしかない。
短気な夫は、気長に構えることが苦手だ。
最近は、夫の振る舞いを
「しょうがないなぁ~」と、思うようにしている。
あきらめるのではなく、受け入れる。
「しょうがないなぁ~」
愛すべき?、酔っ払い。。。。。。

食卓のテーブルには、飴の容器、
「トマト、ホウレンソウ、ブルーベリー……」が、
出番を待っている。
夫が「美味しい!!」と言った飴を
切らさず、常備している。
この飴の減り方で、飲酒が分る。
飲みたいのを我慢しているのだろう。
最近は、飴がよく売れる!?
夫も、つらいのだ。。。。。。
「こんなはずじゃ、なかった。。。。」
飲めない人生が待ち受けていようとは……。
夫は、夢にも思わなかったのだ。
好きな酒を飲んでいただけで、
何も悪いことはやっていないのに……。
むしろ、
仕事は人一倍頑張って、やってきたじゃないか。
大黒柱として、家族を養ってきたじゃないか。
「ずっと、俺が働いて、食わせて来た。
もう、疲れた。 家事はするから。
今度はお前が、俺と同じだけ稼いで来い!!」
ままならない体調に苛立ち、
夫の言葉は刺々しくなるばかり……。
下の子が高校生になるまで、
私は三食昼寝付きの専業主婦だった。
その後、ちょこっとだけ仕事に出ているが……。
ボケ防止になれば…程度なので、
家計の足しにもならない。
「俺と同じだけ稼いで来い」と言われても……。
年齢とともに、体力も能力も、
低下の一途をひた走る私に、稼ぐ力は無い。
やはり、夫が働いてくれないと、
生活は成り立たないのだ。
7月、夫は10日ほど出勤し、後は家で寝ていた。
8月になり、また、休みがちに……。
アルコール依存症は、自分の健康も仕事も失う病気だ。
依存症の猛威で、家庭が壊れていく。。。。。
「お酒をやめないと、体の痛みは消えないと思う。
もう一度、依存症の治療に挑戦してみよう、ね」
「イヤだ。 どうせ、治らない」
夫の心は固く閉ざされている。。。。。。
読みかじった知識、
「相手の領域に立ち入らないようにする」
つまり、依存症者がすべきことだと判断したら、
一切、手を引くようにすること。
家族の過干渉は、
何ひとつ、良い結果をもたらさないそうだ。
・いつ出勤して、いつ帰るのか
・外来に通うこと
・寝る時間、起きる時間
・アルコールを飲むこと、やめること
・断酒会へ行くこと
・健康を守ること
家族が口を出さない方が良い具体例が、列記されていた。
病院へのお誘いは、N・Gだ。
今一度、読み返し、
夫の目に余る振る舞いをおおらかに受け流すよう、
自分に言い聞かせてみたものの……。
夫に頼まれて、その背中や腰にシップを貼りながら、
こんな気休めで、ごまかしても、
何も変わらないのに…と、夫への不満がわだかまる。
黙って見ているのは、簡単なようで難しい。。。。。
病気をすり替えている。
夫が訴える、数々の痛みの原因は、
全て、隠れ飲んでいる酒の仕業だ。
「アルコール依存症」の治療を優先しなくては、
何も解決しないのに……。
この期に及んで、
「酒も煙草も、やってない!!」と、まだ、白を切る。
夫の部屋で、ウイスキーの空瓶に何回も遭遇し、
裏切られた思いを、いくつも封印してきた。
私の我慢にも限界があるのだ。
的外れなことを言っている夫に、
もう、合わせていく自信がない。。。。。
「糖尿病」を前面に出し、手足のしびれが酷いので、
字も書けないし、車の運転(営業)も覚束ない。
吐き気と下痢に襲われて、仕事も手に付かない。
物忘れも目立つようになってきた。
だから、会社を辞めるそうだ。
「週に2,3日の出社でもいいから、
後輩の指導や営業事務をしてほしい」
社長は、夫の体調を考慮し、
夫の能力を高く評価し、見守る姿勢なのに……。
今、失業して、収入が途絶えたら、
病気の治療も出来やしない。
家に籠って、ずるずると飲み続けて、
酒浸りになることは、火を見るより明らかだ。
優先すべきは、再発した病気の治療だ。
夫が決断しなくてはいけないのは、
会社を辞めることではなく、酒を止めることだと思う。
夫に言いたいことは、山ほどある。
でも、黙っている。
口に出すと、感情も出てしまい、
冷静でいられなくなりそうだから。。。。。
最初に気付いたのは、夫だった。
「トイレの足マット、ビショビショだよ」
朝一番にトイレに行った夫は、
その汚れ方を不思議がっているのだ。
夫は寝ぼけながら、夜中、何度もトイレに行く。
おそらく、部屋でこっそり飲酒している夫以外に、
トイレを汚す者はいない。
腑に落ちないが、
そのままでは、不快なので、掃除した。
それは、数週間前のことだった。
そして、数日前の夜、
トイレの前の洗面所で、用を足している夫を見た。
慌てて、トイレに誘導するも、動かない。
私の声が聞き取れないようだった。
用が済むと、洗面所の蛇口を思いっ切り全開にして、
水を流していた。
「ここは、トイレじゃないのに……。間違えてる」
「うるさいな。 間違えたかどうか、今、見ている」
夫は、その場に座り込んで、
着ていた肌着を脱いで、いじり回していた。
「寝ぼけているの? 酔っ払っているの?」
「うるさいな! 今、調べてるから……。
ここに、書いてあるから……」
夫は、肌着の裏側に付いている、
洗濯の仕方が表記されている小さなタグを
食い入るように見ていた。
完全に、イカレテいる。
洗面所の足元が水たまり、
しかも、尿では、家族が迷惑する。
「病人」の夫相手に、腹を立てても無駄なので、
取りあえず、雑巾で拭き取り、終わりにした。
昨夜も、トイレを探して、家の中を徘徊し、
玄関を開けようとしていたので、
背中を押して、トイレに連れて行った。
「やれやれ」と、居間に戻ると、ドスンと音がして……。
慌てて、見に行くと、
トイレから出た夫は、その前の廊下に倒れていた。
「頭が痛い。。。。」と言っていたので、
打ち所が悪かったのかと、心配したが……。
目立つ外傷もなく、ただの飲み過ぎらしい。
こんな所で、寝込まれては邪魔なので、
無理矢理、起こして、ベッドへ連れて行くと……。
シーツの色ムラが目に飛び込んで来た。
まじまじと見ると、濡れていた。
まさか、失禁!???
泥酔状態の夫相手に騒ぎ立てても、
布団が元通りになるわけじゃないので……。
世界地図?をバスタオルで隠して、
その上に、そっと、夫を転がした。
季節が夏で良かった。
そのうち、乾くだろう。
最近の夫は、どんどん飲み続けるばかりで、
ブレーキが効かなくなっている。
アルコール依存症特有の飲み方だ。
本人だけが、酒の被害を自覚できないでいる。。。。。
私の存在が、全て、裏目に出ているのだ。
夫が飲み続けるよう、私が手助けしている!?
私がいない方が、夫は立ち直れるのかもしれない。
ジレンマに、心が折れる。
本当に、因果な病気だ。。。。。。
10年以上前、
商店街の福引でいただいた、カポックの苗木。
売れ残り品みたいだったので、すぐ枯れると思ったが、
意外とたくましくて…。
夫が、何度か鉢替えをして、面倒を見ていた。
そのカポックが、初めて、花を咲かせたのは、
夫が入院中だった、2年前の夏。
物言わぬ植物が、見慣れぬ花を咲かせて……。
夫の回復を応援しているように思えた。
貴重な花を写メールにして、夫に届けたのだった。
その翌年、カポックは花を咲かせなかった。
何かの暗示なのだろうか?
今年は、咲いている。

ネットで調べると、花が咲く原因は2つ。
「株が成熟した」
「株が危機的状況のため、
花を咲かせ、実をつけ、子孫を残そうとしている」
どうやら、株が危機にあるようだ。
鉢の底からは根があふれ出し、窮屈であることは明らか。
カポックには、一回り大きめの鉢が必要だ。
今、夫の身体も、危機的状況にある。。。。。夫には、もう一度、
あの専門病院で、病気と向き合う時間が必要だ。
寝酒がエスカレートして、
アルコール漬けになってしまった夫には、
寝つきを良くする薬が数種類処方されている。
「アルコール類は薬の作用を強める
ことがありますので避けてください」
そんな注意書きは、夫には無意味なのだ。
以前、インフルエンザに罹った時、
私の静止も聞かず、夫は晩酌してタミフルを飲用。
狂気の沙汰としか思えなかった。
「焼酎は水代わりだ!」
当人は、いたって平然としているので、
心配するのが、バカらしくなってしまった。
そんな夫だから、
薬と酒の併用なんて、朝飯前なのだ。
睡眠剤と酒の相乗効果?で、夢遊病状態。
マンションの3DK、狭い間取りで、トイレは一つ。
なのに、相変わらず、トイレの場所が定まらない。
昨夜は、トイレに隣接している風呂場に入って行った。
そのうち、出て来るだろう。
私は、寝床で寝たふりして、高を括っていたが……。
しばらくしても、出て来ない。。。。。
し~~んと、静まり返って、不気味。
風呂場で、寝ちゃったかな???
そっと、扉を開けると、
素っ裸で、電動バリカンを頭にあてている夫がいた。
「散髪なら、明日、やればいいのに……」
「…眠れないから……」
くりくり坊主になって、さっぱりした夫は、
ますます、目が冴えてしまったようで……。
着替えると、こっそり、外に出て行った。
きっと、深夜のコンビニへ酒を仕入れに行くのだろう。
飲み続けたその先には、死しかないのに……。
憂さを晴らすために、
夫は、酒を手放せずにいる。。。。
「夫を助けてあげたい」と、案じながら、はっとした。
助ける力なんて、ありもしないのに、
「助けてあげたい」とは、上から目線だ。
私の思い上がった態度が、
夫には、鼻持ちならないのかもしれない。
夫自身が、「助かりたい」と、強く思わなければ、
この病気は、解決しない。。。。。。
町医者は、つくづく、いい加減だと思う。
「栄養失調気味ですね。
栄養価の高い食事を心掛けてください。
奥さんに、美味しい物を作ってもらうといいですね」
4週間毎の通院で、採血検査も受け、
糖尿病を中心に7種類ほどの薬が処方されている。
夫は、具体的な検査結果を教えてくれない。
肝機能の数値の上昇を隠しているのだと思う。
医者は、夫のγ・GTPの数値から、
多量の飲酒をお見通しのはずなのに……。
自宅近くの開業医は、飲酒を咎めないらしい。
飲みたい夫が飲めるような、
都合のいい診療をしてくれるのだ。
だから、医者嫌いの夫でも通院が続いている。
下痢も、手足のしびれも、吐き気も、
飲酒し続ける限り、治まらないだろう。
栄養のある物を口に入れた所で、
酒漬けの内臓では消化吸収できないと思う。
安くない病院代を、定期的に支払う夫は上得意様だ。
的外れな治療をしてても、手遅れになるだけだ。

散歩の途中で見つけたのだろうか。
夫の部屋に、毬栗がひとつ。
この部屋で、夫は、小瓶のウイスキーを隠れ飲む。
体調は、すこぶる悪い。
心には、無数のトゲが刺さったままだ。毬栗に、夫の心のありようが重なる。。。。。
願わくば、反面教師になってもらいたいものだ。
夫の背中を見て育った息子は、酒も煙草もたしなむ。
息子は1歳で歩き始めるや否や、喘息発作を繰り返し、
昼夜を問わず、病院に駆け込む日々だった。
以来、良くなったり悪くなったりを繰り返し、
今も、予防薬が手放せない。
ちょっと運動しただけで、咳き込むので、
小中学生の頃は、スポーツを楽しむなんて夢の夢だった。
運動とは無縁の息子は高校生になると、
心配する私を尻目に、さっさと野球部に入ってしまった。
「部員が少ないし、強くもないから……。
のんびり練習しているから、大丈夫だよ。
ピッチャー、やりたいんだ」
喘息発作を恐れるあまり、
息子にたくさんの制限をかけてきたことを反省した。
野球未経験なのに、
なかなかの剛速球で連続三振、塁に出れば盗塁成功。
息子の意外な活躍振りに、驚くやら嬉しいやらで……。
夫と連れ立って、親ばか丸出しで、
サウスポー・エースの追っかけに明け暮れた。
持病があっても、適切な薬でコントロールすれば、
スポーツを楽しむことが出来る!!
それを実践する息子を誇らしく思えた。
そんな息子も、大学生になると、煙草の味を覚え、
コンパでは無茶な飲酒で倒れ、
急性アルコール中毒で救急搬送された前科がある。
これが引き金になり、
落ち着いていた喘息症状が、ぶり返した。
喘息は、息子が望んだことではないが……。
喘息であるという事実を無視した振る舞いは、
自分を苦しめることになる。
夫も、同じだ。
望んで、アルコール依存症になったのではないが……。
発症したら、それ相応の付き合い方があるのだ。
酒に執着していたら、苦しみは深くなるばかりだ。
かつての優秀営業マンは、
アルコール依存症にはNGの酒と縁が切れない。
かつての高校球児は、
喘息にはNGの煙草を止めることができない。
親が鏡になっている。
依存体質は遺伝するのかもしれない。
息子は、父親を反面教師にすることなく、
真似ている。。。。。
平日は、ウイスキーの小瓶を1本、
週末は、それ以上、体に流し込んでいるのだろう。
自分では、調節して飲んでいるつもりらしいが、
毎週末の醜態には閉口する。
夜中にトイレを探して徘徊した夫は、
用が済むと、力尽きたのか、廊下で寝ていた。
熱帯夜なので、布団より床の方が涼しいかもしれない。
バスタオルを一枚、腹の上に乗せておいた。
ずっと前に、どこかで読んだ話が、ふっと浮かんだ。
それは、結婚後、
どんどん太っていった夫の体を心配する妻が、
夫にダイエットを勧めるのだが……。
仕事柄、外食が多い夫は、減量には消極的で、
相変わらず、暴飲暴食の日々が続いていた。
ぶくぶくと膨れて、別人のように変わってしまった夫。
その寝顔を見ながら、妻はそっと囁いたのだった。
「よかった。 寝顔は、おんなじ、
昔の夫のままだわ。 よかった」
妻の夫をいとおしむ声は、夫の耳に届いていた。
夫は、寝たふりをしていたのだ。
この時、夫は減量を決意し、そして、成功した。
酒に飲まれて、痩せ細り、
別人のように変わってしまった私の夫。
「よかった。 寝顔は……」
こんな所で、飲んだくれて、転がっている夫に、
呟いたところで、酔っ払いの耳には届かないだろう。
だから、夫が断酒を決意し、
成功することもないように思えて……。
カウントダウンの鐘の音が聞こえてくるようで……。
学生時代、夫はキックボクシング部に所属していた。
あの不屈の精神は、どこへ行ってしまったのだろう。。。。。
「何が、夫のためになるのか」
模範解答はある。
まずは、アルコール専門医療機関で、
病気の身体を治療し、酒を完全に断つこと。
再び飲酒しないよう、
自助グループと繋がること。
でも、これは、私の願望に過ぎない。
2年前、
日本最大のアルコール依存症入院治療施設で、
2か月ほど過ごした夫は、
もう二度とお世話になりたくないと心を閉ざした。
出会ってから、30年余り、
夫を見て来て、夫の考え方、価値観を思うと……。
酒を友として、頼りにして生きて来た夫が、
簡単に友を手放すはずはなく……。
死ぬまで飲み続ける勢いだ。
強制入院にすがるしか、
他に道はないのだろうか。
最近の夫は、身体の痛みを口にしなくなった。
痛みは、禁断症状の一種だったのだろう。
酒が、いいあんばいに体中を巡って、
小康状態を保っているのかもしれない。
代わりに、奇行が目に余る。
昨夜も、9時前に、寝床に入った夫は、
90分おきに目を覚ましては、
とんちんかんなことを口走っていた。
あげく、深夜1時過ぎ、仕事着に着替え始めた。
まだ、出勤には早すぎるので、引き止めたが……。
「待ってるから、おいでって言われたんだ」
「誰に?」
「わかんないけど……。
入院したくないから、会いに行って来る」
「どこへ?」
「場所なんて、わかんないよ。
来いって、呼ばれたから、行かなきゃ」
夫は、車で何処かへ行ってしまった。
「事故死」不吉な言葉が脳裏をよぎったが……。
「何があっても夫の自己責任」と、
自分に言い聞かせ、先に寝た。
何時に戻ったのか分らないが、
早朝、目が覚めて、夫のベッドを覗くと、
何事もなかったかのように、夫は寝ていた。
いつものように朝食を済ませ、「じゃあ、行ってくる」と、
いつものように挨拶して、家を出て行った。
夫を送り出してから、ため息が止まらない。
私は、夫を見殺しにしているのかもしれない。
弱っていく様子を観察しているだけだ。。。。。
この時期、こんなに悠長に構えていたら、
取り返しがつかなくなるかもしれないのに……。
手をこまねいて、
見ているだけの自分が、薄ら恐ろしい。。。。。