呑兵衛夫婦の迷走人生を気まぐれに更新中。。。見解に偏りあり(!?)の読み流し物件。
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人生とは、まことに、微妙なものだ。

無愛想で、威張っていて、時には暴力も……。
殴られる理由が分からない。
八つ当たりとしか、思えなかった。
そんな、飲んだくれの父親が嫌いだった。

「早く、死ねばいいのに……」
子どもの頃、いつも、布団の中で念じていた。

私が高校3年に進級した4月、父が入院した。
病名は胃がんだった。

「手術をしても、がん細胞は取り切れないので……。
 このまま手術はしない方がいいように思われますが…」

医者の説明を受けた親戚たちは、
がん細胞を少しでも取り除いてほしいと手術を強く希望。
胃潰瘍の悪化と聞かされていた父も手術に同意したので、
開腹したが、想像以上に癌は広がっていた。
手の施しようがないので、すぐに縫合し、手術は終了。

余命半年が、医者の見解だった。

5月、中間試験初日の教室、
問題を解いている最中の私は、担任教師に呼び出された。
父の急変を受けて病院に向かったが、間に合わなかった。

術後1週間足らずで、父は逝ってしまった。
まだ、43歳だった。

火葬場で、父の親兄弟達が、
骨になった父に酒をかけていた。

生前も酒まみれだったが、
死んでからも、浴びるほど酒をかけられて、
果たして、父は満足だったのだろうか。

「早く、死ねばいいのに……」
願いは叶ったはずなのに、心は重かった。
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【2012/10/31 08:35】 | 酒模様
|

No title.
嫁。
43歳・・・。
お若いですね。

術後、わずか1週間で他界されたお父様は
生前とは違って、病を患ってからは、
家族の手を煩わすことなく永眠されたんだ。

失礼ですが、そんな風に思ってしまいました。
長い年月を経て、小吉様の心の変化、感じました。

生意気ですみません。

嫁。様
小吉
元気な時は、家族をいっぱい振り回したけど、
最期は、あっけないくらい早くて……。

これで、人生の帳尻が合うんだなぁと、
気付かされました。

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人生とは、まことに、不安なものだ。

進路を控えた高3の春、父を亡くした。

「自分の子どもには、学歴を…」

義務教育しか受けていない父の
こだわりのおかげで、
私は進学組に席を置いていたが……。

忌明けで、学校に行くと、
担任教師が、「初級公務員」受験を勧めて来た。

1970年代後半、
大黒柱を失った母子家庭では、
経済的に大学進学は無理だろう。
高卒で、じゅうぶんだ。
小学6年生の妹がいるのだ。
姉である私が働いて、家計を支えるのが当然。

「早く、死ねばいいのに…」
その望みは叶ったが、事態は思わぬ方向に……。

「父の代わりに私が稼ぐ!? そんなのイヤだ」
あくまでも、自分勝手な娘である。

勉強なんか、好きじゃないのに、
「もっと、勉強したい」と、うそぶくと、
担任が、学校推薦の進学先を探してくれた。

志望校ではなかったが、現役合格への近道なので、
すぐに、その話に乗ってしまった。

「取りあえず、学歴だけは、何とかなりそうだよ」
父の墓前にカップ酒を供えて、報告した。

この大学に行っていなければ、
おそらく、夫に出会うこともなかったと、思う。

【2012/11/01 10:41】 | 酒模様
|

No title.
嫁。
人生って先が決まってたりするのかもしれないけど、
選択すべきときにどちらかを選ぶことで、
また、違った人生になるものでしょうか?

私もたくさんの回り道をしてきたように思います。
しかし、どれか一つでも欠けていたら、
今の私はいないのでしょうね。


No title.
きばなコスモス
自分が予想もしなかった事とかあるんですよね。

その都度、気をもんで血圧を上げていったいどうなるんだろうと思いますがしばらくすると解決はしていないんですがそれなりに受け止めています。

小吉さんもそばにいて大変でしょうが、それも小吉さんの運命なのかなと。

私もこの頃、つい運命という言葉をおもってしまいます。ちょっとだけ気持ちが楽になります



嫁。様
小吉
いろいろな選択の場面を思い返すと、
別の生き方もあったかもしれないけど……。

別の道を選ばなかったから、
今の私が存在するのですものね。

「どれか一つでも欠けていたら、 今の私はいない」
とても、心に響きます。

きばなコスモス様
小吉
夫と出会ったのも、そういう運命なのかもしれません。
運命に逆らうよりは、流される方が、性に合っております。

きばなコスモス様のお立場、
ご主人様を幸せにする運命のように思われます。

どうぞ、健康第一で、
ご主人様との大切な日々をお過し下さいますよう、
お祈り申し上げます。

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人生とは、まことに、不思議なものだ。

身近にいた大人の男たちは、
盆暮れ、正月、冠婚葬祭、
ワイワイ騒いで、酒を飲んでいた。

大人の女たちは、その給仕に追われ、
バタバタと走り回るだけで、
誰一人、酒を口にしていなかったように見えた。

そんな子供時代を過ごした私は、
「酒は男の飲み物」と、思い込んでいた。

私の母も、下戸だった。

学生時代、コンパと称して、
飲み会が繰り返されたが、私は1滴も飲んでいない。

母同様、飲めない体と信じ込んだまま、
飲みたいとも思わなかった。

先輩たちに、酒を勧められても、
「飲めません。。。。。」

私の代わりに、同級生の男子が飲まされ、
酔い潰れていた。

呑兵衛の父を見て育って来たので、
酒に弱い男がいるなんて、信じられなかった。

私が3年生の時、
所属していた文系サークルの新歓コンパに、
1年生の夫が顔を出した。

すでに、体育会系のクラブに入っていた彼は、
「女子がいなくて、つまんないから…」
そんな軽い理由で、サークルの掛け持ちをしていた。

コンパ会場で、新メンバーの彼は、
両手に花(私と3年女子)の大歓迎!?を受け、
女先輩に酌されて、上機嫌。

私と同い年の姉がいると、
人懐っこい笑顔を振りまく彼に親しみを感じた。

大酒飲みの父が嫌いで、
酔っ払いを嫌悪していたはずなのに……。

彼の豪快な飲みっぷりに圧倒されて……。
不思議なことに、
酒に強いルーキーが、頼もしい弟のように見えた。

【2012/11/02 14:42】 | 酒模様
|
人生とは、まことに、厄介なものだ。

私が20歳の夏、
母が、手術で3週間ほど入院した。

退院してからも、
母は、寝たり起きたりの生活だった。

高校受験に向けて、中3の妹は勉強に専念。
家事全般は、私の仕事になった。

母は専業主婦だったので、
母子家庭になってからも、
家事に私の出番は、ほとんど無かった。

経験がないのだから、要領が悪い。
体に疲れが貯まる。
心にストレスも貯まる。

頑張り過ぎたのかもしれない。

全てが面倒になり、
全てに投げ遣りになって、
学校へ行くのも、やめてしまった。

部屋に閉じこもり、ひたすら食べ続けた。
旺盛な食欲で、見る見る太っていった。

うら若き乙女は、体型を気にしてダイエット開始。
そして、お決まりのコース。
体重が少し戻ると、必ずリバウンドした。

母は復活したが、
過食と拒食を何度も繰り返し、私は壊れた。

私の人生は、終わったな。。。。

思い通りにならない現実にイライラし、
やけっぱちになっていた。

愛煙家の父が吸っていた「ハイライト」を
自販機で買い、恐る恐る、ふかしてみた。

不味かった。
鼻の奥がヒリヒリして痛かったが、
異常な食欲は、落ち着いた。

体調が戻りつつある喜びも束の間、
「煙草を吸う女は、キライだよ」
吐き捨てるような母の言葉が心に突き刺さった。

私の苦しみを、
母は分らないし、分ろうともしてくれない。
母の存在が、腹立たしかった。

聞こえない振りをして、
煙にむせびながらも、煙草を吸い続けた。

「次は、アルコールだ!」

怖い父は他界していたので、
あの頃の私には、もう、怖いものはなかった。

【2012/11/03 22:12】 | 酒模様
|

No title.
嫁。
人って弱いですね。
そんなことを少しだけわかったのは23歳の時でした。
食べることも寝ることもできないでいました。
何かに頼りたい、誰か助けてとそう思ってました。
しかし、その後で強さを身につけてました。
もろくて壊れてしまいそうだと心配をかけまくったけど、
強くなれてました。
<あの頃の私には、もう、怖いものはなかった。
の言葉には何か深いものを感じました。

嫁。様
小吉
監視役の怖い父がいなくなったので、
いい子ぶる必要もなくなり、だらけ放題。

自分の弱さに甘えて、
悲劇のヒロインを楽しんでいたように思えます。

結局、家族や友人が支えてくれて、許してくれて、
今の自分がいます。
ありがたいことです。。。。





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人生とは、まことに、非情なものだ。

こんな、はずじゃなかった。。。。

「誰もわかってくれない」と、殻に閉じこもり、
「これじゃ、ダメだ!」と、自問自答する日々。

壊れた私を心配してくれる人は、
何人かいたが、心を開けなかった。

3年の後期から、学校には行っていない。
卒業が危ぶまれる。

一応、指定校推薦枠で入学しているので、
中途退学したら、母校の高校に迷惑がかかる。

留年することなく、4年で卒業したかった。

環境が変われば、
きっと、この躓きから抜け出せるに違いない。

泣きながら、母に訴えた。
「家を出て、ひとりで暮らしたい。。。。」

安易な発想だったが、母は反対しなかった。
母も、私のていたらくを持て余していたのだ。

4年生の春、
2時間近くかかっていた自宅通学をやめた。

生活費はバイトで稼ぐと決めて、
大学沿線の3畳一間の下宿に引っ越した。

初めてのひとり暮らしに、
心が弾んだのは、最初だけ……。

やがて、自分の意志の弱さを、
まざまざと、思い知らされるのであった。

【2012/11/04 22:00】 | 酒模様
|
人生とは、まことに、皮肉なものだ。

自活すると意気込んで、家を出たものの、
目先の日銭ばかり気にかけて、バイト中心の生活。

学校へは、試験近くに、
情報収集で、教室に顔を出す程度。

学生の本分は、何処へやら……。
「漠然と進学すると、こうなる」
落ちこぼれの見本だ。

蕎麦屋、和菓子屋、干物屋にソフトクリーム店、
写真受付窓口、スーパーのレジ係等々、バイト三昧。

働くのがイヤで進学したのに、色々な所で働いて……。
何とも、皮肉なのもである。

憂さ晴らしに、酒でも飲みたい気分だが、
長続きしないバイトで、酒代に回せるお金はなかった。

悪戯に吸った煙草は、習慣になり、
煙草代を切り詰めるため、
オレンジ色の「エコー」にまで手を出した。

ふーっと吐き捨てた煙の行方を
ぼんやりと眺めるのが好きだった。
紫煙をくゆらすことができれば、味は何でもよかった。

本当は、自分の人生を
煙に巻いてしまいたかったのかもしれない。

結局、4年間の学生生活で、
まともに、学校へ行ったのは、前半の2年半くらい。

生活環境を変えてみた所で、
自分の心根はすさんだままなので、
事態は好転しなかった。

ほとんど講義を受けていないので、
卒業試験の答案用紙は、
的外れの解答になってしまい……。

姑息な手段だが、
「卒業させて下さい」と、お願いの一文を添えて、
ギリギリの単位数で、卒業にこぎ着けた。

が、就職先がない。

「早く、自立して、母を安心させたい」

そんな心とは裏腹に、
やっていることは、寄生虫生活だった。

摂食障害、ニート、パラサイト……。

そういう言葉が、身近になかった時代から、
そのような暮らしぶりをしていた私は、
ある意味、流行の先駆者かも???

今、自分の身の上を思い返し、ひとり苦笑いである。

【2012/11/05 22:15】 | 酒模様
|
人生とは、まことに、劇的なものだ。

日本武道館での卒業式、
会場内の壁際には、黒い学ラン姿の下級生が、
ずらりと並んでいた。

その中に、体育会に所属していた2年生の夫も、
警備に駆り出されて、立っていたらしい。

ひとりで、式に参列した私は、
自分の居場所を確保するだけで、精一杯。

知人がいるかどうかを捜すことは不可能なほど、
会場は、ごった返していた。

彼は、心細げにトボトボ歩く私を見たと言う。

思わず、駆け寄りたくなったが、
列を離れることは厳禁だったので、
ずっと、その姿を目で追いかけていたそうだ。

彼の視線に気付いて、私が顔を向けたら、
合図を送りたいと構えていたそうだが……。

その時の私は、彼の存在に気付くことはなかった。

卒業式での私の知らないエピソードを
後になって、彼から聞かされ、私はびっくりした。

確か、新歓コンパの時、
新入生の彼に、先輩として酌をしたが……。

その後、私が、引きこもったので、 
面と向かって、言葉を交わしたのは、
後にも先にも、あの新歓コンパの時だけ。

にもかかわらず、
義理堅い彼は、幽霊部員となった私にまで、
年賀状や、暑中見舞いを送ってくれて……。

私の具合をさりげなく気遣う、心優しい後輩だった。

でも、まさか、あの広い会場で、
私を見つけていたとは、思わなかった。

これを、「運命の再会」と、いうのかもしれない。

卒業後の夏も、暑中見舞いの葉書が届いた。

元祖?フリーター生活に突入する私にとって、
彼の存在は、何かと便利で心強いものに……。

【2012/11/06 13:53】 | 酒模様
|
人生とは、まことに、残念なものだ。

卒業後、下宿を引き払い、家に戻った。
遊んで暮らせる身分ではなかったので、
取り合えず、また、バイトを探す。

そこに居るだけで、お金が頂けるという、
怠け者の私に、打って付けの仕事があった。

住宅街の中古一軒家での、お留守番だ。

オープンハウスの旗に誘われて、
間取り等を見学に来た人たちに、
記帳をお願いし、物件のチラシを配る。

午前10時から午後4時まで、
その家に居れば、何をしてもOK。
寝転んだり、お菓子を食べたり、
読書、手芸等で、時間を潰した。

平日は、ほとんど来客ナシ状態。
接客は土日に集中したが、
混雑するほどではなかった。

ずっと、売家の買い手がつかないまま、
3か月ほどたった、ある日、
経費削減で、「お留守番」は終了した。

気楽な仕事だったのに、残念だ。
また、無職になってしまった。

家にいても、肩身が狭い。

地元には、ろくな勤め口がない。
東京に出れば、仕事はたくさんある。
だから、家を出て、東京で働く!!

束の間のひとり暮らしで味を占めた私は、
家を飛び出す口実を探していたのだ。

東京での部屋探しを思い立った時、
下宿していた夫のことが、頭に浮かんだ。

ひとり暮らしには、近くに知人がいた方が心強い。
大学3年だった夫に、近場の物件の下調べを頼んだ。

彼のお陰で、
手頃なアパートが見つかり、引っ越し完了。

「引っ越し祝い」ということで、彼が酒を振舞ってくれた。

「東京へ、ようこそ。 乾杯!!」

コップ酒を一気に飲み干す彼。
つられて、私も酒を口にした。

初めての酒はウマイとは思えなかったが、
簡単に喉を通り抜けて、グビグビ飲めた。

「心機一転、一から出直し、頑張ります! 
 これからも、よろしくお願いします!!」

職探しは、まだ、これからだというのに……。
順風満帆な気分で、浮かれていた。

大酒飲みの父のDNAを受け継いでいたようで……。
この日から、酒は私の友になった。

【2012/11/07 13:29】 | 酒模様
|
人生とは、まことに、安易なものだ。

実家を飛び出し、ひとり暮らしを始めたが、
なかなか、定職に就けずにいた。

「ゆっくり、探せばいいよ。
 ○○ちゃんに合った仕事、
 きっと、見つかるから、大丈夫だよ」

まだ、学生だった彼は、
日雇いのバイトで稼いだお金を回して、
私の生活を助けてくれた。

「自立する!!」と、
親に大口をたたいたことが、後ろめたい。

しばらくは、彼の好意に甘え、
他力本願の暮らしだったが、……。

遅ればせながら、
某研究所の事務職に非常勤で採用され、
なんとか、生計が立つようになった。

自分の稼いだお金で飲む酒は、うまい。
気が置けない仲間たちと飲む酒は、更にうまい。

酒飲みは、酒飲みと群れるようで……。

彼のもとに集まる友人も後輩も、
皆、こよなく酒を愛していた。

彼の下宿で酒盛りがあると、私にもお呼びがかかった。
一応、社会人なので、
つまみと安い日本酒1升瓶を手土産に持参して、参戦。

飲んで騒いで、酔い潰れて、雑魚寝。
翌朝、酔いの醒めないままに、仕事に行ったことも……。

あの頃は、そんな、無茶も出来てしまった。

「同じ家で暮らせば、生活費を抑えられるね!!」

彼が、大学を卒業する頃には、
安易な発想で、共同生活を開始してしまった。

その後、共同生活は、結婚生活へと変化する。

「アタシが扶養家族になれば、
 各種手当が上乗せされるから、
 お給料の手取りが、増えるね!!」

目先の損得勘定で、式も挙げず、さっさと入籍。

安易に流されて……。
酔った勢いで、事を進めて来たような???

そのツケが、今になって回って来たのかもしれない。

【2012/11/10 12:06】 | 酒模様
|
人生とは、まことに、面倒なものだ。

共同生活がスタートした年の暮れ、
彼に連れられ、新幹線を乗り継いだ。

行先は、夫の両親が暮らす山口県。

社会人としての「けじめ」だろうか。
彼は、私を両親に会わせると決めたのだ。

1983年の晦日、
夜も遅くなってからの到着だったので、
挨拶もそこそこに、私たちは休ませていただいた。

翌日は、彼の父親の車を借りて、二人でドライブ。

錦帯橋を渡ったり、
瀬戸内の海に浮かぶ島を案内してもらったり……。

目に触れる景色の全てが、新鮮。
都会育ちの私は、その素晴らしさに圧倒されて……。
こんなに雄大な環境で育った夫に羨ましさを覚えた。
          
その晩は大晦日で、
彼の姉夫婦とその幼子たちも加わり、
にぎやかに、夕食が始まった。

彼の父は、昼間から、焼酎のお湯割りを
ちびちび飲んでいたようで、上機嫌。

熊本生まれの父親、鹿児島生まれの母親、
山口育ちの姉たちやその子どもたち。

方言が飛び交う会話にうまく入り込めず、
私は愛想笑いで誤魔化していたが……。

手持ち無沙汰で、
飲むペースがどんどん早まってしまい……。

酔うと笑い上戸になる私は、
むやみやたらに可笑しさが込み上げて来て、
ひとりで、ケタケタ笑っていた。

そんな私を指差して、突然、お義父さんが、
「女優の島田陽子に似ている」と言い出した。

一同に注目され、戸惑っていると、
「全然、似てないよ~。 爺さん、相当、酔ってるなぁ」
夫が、大声で打ち消してくれた。

たぶん、お義父さんが知っている、
唯一の女優さんだったのだろう。
私への精一杯のお世辞なのだと思った。

食事を終えた者たちは、席を離れ、
テレビに見入ったり風呂に入ったりと自由にしていた。

呑兵衛たちだけが、ズルズルと飲み続けていた。

正面にいたはずのお義父さんが、
いつの間にか、私の真横に座っていた。

「めんこかね~~~~」とか言いながら、
私のほっぺにチューをした。

「○○より、ワシの方が、よか、男ばい!!」

自分の息子と対抗して、どうする???
しかし、お義父さん同様、私も充分に酔っ払っていた。

「よか、男に、乾杯~~~~」

切らした煙草を買いに、夫が外へ出ていた間、
握手されたり、頭を撫でられたり……。
今、思えば、セクハラ行為!?なのに……。

酔っ払い同士は、羽目を外しがち。
酒の力が、無礼講にさせる。

勧められるままに、何度もおかわりしていたら、
酔いが回って、眠たくなったので、
一足先に、2階で休ませてもらうことに……。

布団に転がって、
うとうと寝かけて、事件が起きた。

一気に、酔いが吹っ飛ぶことに……。

【2012/11/11 15:44】 | 酒模様
|

No title.
嫁。
初対面、それも人生において、
1番緊張する対面にも関わらず、
楽しい大晦日の場面が想像されます。
それも酒のおかげ??でしょうか。

続きが気にかかります。
とんでもないことが起きてなければ・・・。
と願うばかりです。

嫁。様
小吉
お義父さんの第一印象は、
お喋り好きな面白いおじさん!?だったので、
油断してしまいました。

適量のお酒は、場を楽しませますが、
度を超えたお酒は、最悪でした。。。。

アルコール依存症という病気があることも
知らなかった20代の頃の出来事です。

今思うに、
お義父さんもアルコール依存症だったのでした。

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人生とは、まことに、因果なものだ。

彼に連れられ、
彼の両親のもとを初めて訪ねた。

2泊目の夜だった。

酔いが回った私は、
一足先に2階の寝室に移動した。

なにやら、階下が騒がしい。
言い争うような声が漏れ聞こえて来たが、
そのうち収まるだろうと、楽観していた。

「さっさと、出ていけぇーーーー!!
 今すぐ、出ていけぇーーーーー!!」

お義父さんの酔いどれ声と同時に、
物凄い勢いで、夫が階段を駆け上がって来た。

「帰るぞ!!」

彼に、たたき起され、
慌てて荷物をまとめ、外へ出た。

その場に居合わせた母親も姉たちも、
親子喧嘩の仲裁は出来なかった。

父親が暴れ出したら、誰も止められないのだ。

ど田舎の夜空の下、放り出されて……。
寒さと心細さで震えながら、暗闇を歩き、国道に出た。

走るタクシーに手を振っても無視され続け、
1時間くらい経った頃、1台のタクシーが停まってくれた。

「取り合えず、今からでも泊まれる所へ行って下さい」

彼がお願いすると、運転手さんは考え込んでしまった。

「この時間では、旅館は無理だし……。
 泊る所って言われてもねぇ~。 困ったなぁ~」

タクシーは、私たちを山奥のラブホテルに運んだ。

「ごめんね。あんな親とは、絶縁するから!!」

除夜の鐘が、
彼の決意を応援するかのように、響き渡っていた。

喧嘩の原因を尋ねても、
彼も酔っていて、よく覚えていないのだ。

いきなり、父親が切れて、暴言を吐いたので、
売り言葉に買い言葉で、エスカレートしたらしい。

私と飲んでいた時は、あんなに上機嫌だったのに……。
いったい、何がどうなっているのやら???

大晦日に、彼の実家から追い出され、
うらぶれたホテルで、新年を迎える結末。

あの時は、恨んだ。
お義父さんを人で無しと非難した。
酒癖の悪い、最低最悪の父親だ。

夫の生い立ちが偲ばれて、胸が一杯になった。

私たちが惹かれあったのは、似たような父を持つ、
似た者同士だったからなのかもしれない。

「お酒さえ、飲まなければ、
 いい人なんだけどねぇ~。 お酒さえ……」

お義父さんを知る人は、口々に声を揃える。
暴飲は、人間関係を壊す。

「お酒さえ、飲まなければ……」

酒に目が無い夫も、然り……。 
暴飲で、体を壊した。

【2012/11/13 10:58】 | 酒模様
|

No title.
yamadagaga
私もれっきとしたアルコール依存症ですが、身に詰まされます。
最初の一杯を飲むと、お話のようになるのでしょう。

No title.
嫁。
何が起きたのか??心配しておりましたが、
やっぱり・・・。
っていうのが感想です(涙)

「お酒さえ、飲まなければ、
 いい人なんだけどねぇ~。お酒さえ……」

よく耳にする言葉ですよね。




yamadagaga様
小吉
コメント、ありがとうございます。

当時、アルコール依存症という病気を理解していたら、
お義父さんへの接し方も違っていたと思います。

夫も私も、あの頃のお義父さんお義母さんと同じ年齢になり、
いろいろ考えさせられます。。。。。



嫁。様
小吉
「やっぱり・・・」 なんです。

大量のアルコールが、思考回路を破壊して、
喧嘩別れです。。。。。

のちに、夫もアル中になるとは……。
血筋なのでしょう。

お酒を飲んでもいい人でいて欲しいものですね。

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人生とは、まことに、お節介なものだ。

さほど、花嫁衣装に思い入れもなかったので、
入籍だけで充分だった。

2月の大安に、ふたりで婚姻届を出し、
ちょっと高めのワインで、乾杯した。

3月の中頃だったと思う。

職場の友人Tさん宅で、お茶をご馳走になり、
お喋りに花を咲かせていた。

Tさん宅は、車通勤の夫の帰り道でもあったので、
夫が立ち寄り、私を拾う手はずになっていた。

いつもは、玄関先でお辞儀だけの夫が、
この日は、Tさんに親しげに話しかけていた。

「来月、結婚式がありますから、
 Tさんも、是非、いらして下さいね!!」

彼が、私の友人を誘っている。

「誰が結婚するの? 
 Tさんも知ってる人なの???」

ちんぷんかんの私に、

「俺たちに決まっているだろう」

初耳である。

「式場も、日取りも、決めて来た。
 これ以上、年をとると花嫁衣装が似合わなくなるから」

彼の爆弾発言に、私も友人も顔を見合わせてしまった。

「なんだか、突然で、びっくりしたけど、
 まずは、良かったんじゃない!?  おめでとう!!」

友人は祝福してくれたが、私は戸惑うばかり。

「決めちゃったの?」

「決めた!!」

彼が言うには、
配偶者控除を申請した時、

「……で、結婚式は、いつだ?」

上司から尋ねられ、予定のない事を話すと、

「式は挙げた方がいい!! 任せろ」

業務命令の如く言い切られてしまったそうで……。

当時の営業先が、結婚式場だったこともあり、
上司が、そこの支配人と話をどんどん進めて……。

「お世話になっている
 ○○会社の社員さんのお式ですからね」

支配人さんも、破格の割引料金を提示して、
貧乏な私たちを応援してくれたそうで……。

「今がチャンス!!」とばかりに、
彼は、その話に飛び付いてしまったのだ。

こうして、4月の日曜日(友引)が、
私たちの結婚式と披露宴の日に確定。

1ヶ月もない準備期間に、てんてこ舞い!?

当日の式場で、
両家の親たちが初対面の挨拶を交わし
慌ただしくも、滞りなく、
挙式、並びに披露宴は終了。

普段は、酔いが顔に出ない酒豪の夫だが、
この日ばかりは、次々に酌を受け、頬は紅潮。
だいぶ、酔いが回っているように見えた。

新郎24歳、新婦26歳の春。

お節介な上司のお陰で、人前で、
私たちは、永遠の愛?を誓うことが出来た。

【2012/11/15 11:53】 | 酒模様
|
人生とは、まことに、軽率なものだ。

「うちのカミさんは、大酒飲み!!」

新婚の頃、夫は、会社の先輩との酒席で、
私のことを誇大に触れ回っていたようで……。

大酒飲みの後輩が一目置く、
大酒飲みの奥さんとやらに
会いたくなってしまった先輩から、

「ぜひ、奥さんも、ご一緒に」と、お誘いが……。

先輩のおごりということで、
二つ返事で、待ち合わせの新宿の居酒屋へ……。

呑兵衛の夫には及ばないが、
酒豪の父のDNAを引き継いだ私は、いけるくちだ。

どんなに、飲んでも吐かない、
きれいな飲みっぷりが、私の自慢だ。

ただ、必要以上に、笑い過ぎるので、
それが、騒がしいと指摘されることは、たびたび。

とにかく、振る舞い酒を飲み放題で、
何軒か、はしごして……。
3人は、深夜の新宿の路上に躍り出た。

前方から、千鳥足のおじさんが、
右に左に大きく歩きながら、近付いて来た。

擦れ違いざま、そのおじさんはバランスを崩し、
夫にぶつかってきた。

「なんだ、バカヤロー!! どけ!! 邪魔だ!!」

謝るべき立場のおじさんが、怒鳴り出すと、
ほろ酔い加減だった夫の顔色が、変わった。

夫は、おじさんの胸ぐらをつかんでいた。
おじさんも負けていない。
わめきながら、拳を振り上げ、殴りかかって来た。

酔っぱらいの喧嘩に、野次馬が集まり始めた時、
先輩が叫んだ。
「逃げろ!! 早く!!」

私は、夢中で走った。
そして、迷子になった。

夫や先輩の姿が、見当たらない。

真夜中の路地裏に、
うら若き女が一人、取り残されてしまった。

携帯電話もない時代、
待っていても、事態は進展しない。

終電は、とっくに走り去っていた。
家に帰りたい一心で、タクシーに飛び乗った。

一足遅れて、夫もタクシーで帰宅。
お互いの無事を分かち合いながらも、
なぜか、腑に落ちない。

当時、私のタクシー代が7000円ちょっと。

「高いなぁ~、遠回りされたな。
 俺は近道を指示したから、
 6000円でお釣りがきた!」

夫は自慢げに語るが、やはり、腑に落ちない。

同じ場所(新宿)にいて、同じ家に戻るのに、
別々のタクシーを利用するのは、愚の骨頂。

「なんで、私の手を引いて、逃げなかったのよ!」

「ちゃんと、ついてくると思ったんだ! 
 まさか、反対方向に思いっ切り駆け出すとは……」

私たち夫婦に、あうんの呼吸はない。
この先、この人について行って、
大丈夫なのだろうか???

若干の不安を感じたが、
もはや、アルコール漬けの頭、
熟考は苦手になっていた。


【2012/11/17 14:23】 | 酒模様
|
人生とは、まことに、偏狭なものだ。

しばらく、夫の両親とは音信不通になっていたが、
息子が生まれたことで、交流が再開した。

が、横浜と山口という遠距離、
わだかまりも残したままなので、
孫見せの帰省は、
年に1度、あるか、ないかの間隔だった。

当時、親の家から車で20分程の所に、
夫の姉夫婦が住んでいた。

義姉は、すでに女の子を2人産んでいた。
その孫娘たちは、おじいちゃんに溺愛されていた。

うちの息子は、孫としては3番目。
でも、一応、内孫の男子なので、
少しは、歓迎されるかと思ったが……。

「遠くの孫は、懐かんから、
 近くにいる孫が、いちばんカワイイ」

そう放言したお義父さんは、正直者だが……。

普通のおじいちゃんは、
孫の前で、そんなことは言わないものだ。
お義父さんは、口が過ぎる。

わだかまりは解けることなく、
火種として、くすぶっていた。

息子が生まれてから、4度目の帰省。

義姉の小2の娘と、
うちの子ども(息子5歳、娘3歳)を連れて、
海水浴へ……。

子守りは、夫とお義父さんに任せて、
私は、松林の木陰に敷いたシートの上に座り、
荷物番をしていたのだが……。

お義父さんは、海辺と松林の間を
行ったり来たり、忙しい。

「のどが渇いた」と言っては、
水筒に入れて持参した焼酎を口に含ませていた。
 
アルコールが注入されると、
エンジンがかかり、孫たちの待つ砂浜へ……。

少し経つと、また、舞い戻って来て、
水筒を持って、ラッパ飲みの繰り返し。

私の視線が気になったようで、
決まりが悪そうに、つぶやいていた。

「これは、ワシの命の水だから、
 切らしたら、大変なことに……」

子ども好き、酒好きのお義父さんは、
よく遊び、よく飲んでいた。

この後、命の水が切れて、
本当に、大変なことになったのだった。

【2012/11/19 19:30】 | 酒模様
|

No title.
嫁。
「遠くの孫は、懐かんから、
 近くにいる孫が、いちばんカワイイ」

うちの母親とかぶります。

子供さんらも心配ではありますが、記憶に残ってないことを願いつつ・・・。

それより、ご主人様の耳にもはいっているのか?と心配です。
自分の大切な子供をかわいがってくれない親に対しての気持ちをどうクリアにしていけばいいのか?と私も未だに深い傷のままです。
そんな心の傷もまたアルコールへ導いているのでは?
とこれはこじつけすぎかもしれませんが(汗)

男の人の子供のころに言われた親からの言葉。
なかなかクリアにできないもののように感じます。






嫁。様
小吉
お義父さんの言葉が直球で心に刺さった私は、
夫にも自分の母にも言い触らしてしまいました。

弱輩者でしたし、
アルコール依存症の事も理解していなかったので……。

「配慮が出来ない、バカ親だから、
 まともに相手しなくていいから。。。」
と、夫は言っておりました。

自分の親をそう言って見限る夫に、
親子関係の希薄さを感じました。

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人生とは、まことに、理不尽なものだ。

日が傾いて来たので、海水浴はお開き。

子守りと飲酒の相乗効果なのだろうか?

家に戻ると、「眠たい…」と言いながら、
2階に上がったお義父さんは、
夕食の準備が出来ても降りて来ない。

孫たちが様子を見に行った。

「おじいちゃん、ベランダで寝てるよ~」

小2の孫娘の報告を受けたお義母さんは、

「酔いが醒めれば、起きて来るから。
 先に、食べ始めていいからね~~~」

夫も私も晩酌を始め、
子どもたちも、思い思いのおかずをつまみ、
賑やかに宴が進行。

と、その時、
テレビの音に、かき消されながらも、
2階の方から、「ドン、ドン」と、
何かを叩くような音が、かすかに聞こえた。

「オ~イ、オ~~~イ」と、
何かを呼ぶような声も、小さく聞こえた。

一同、お義父さんが目を覚ましたのだと思った。

でも、夕食会場の居間に降りて来ない。
不審に思った夫が、覗きに行った。

夫は、すぐに戻って来たが、
お義父さんは、2階から降りて来ない。

今度は、お義母さんが見に行った。

やっと、食卓についたお義父さんは、
箸を持つこともなく、ぶすっとしていた。
じっと、私の息子の方をにらんでいる。

「全く、とんでもない奴だ!! 許さん!!」

お義父さんが、声を荒げた。

5歳の息子も私も、
お義父さんが激昂する意味が分からず、
怖くて、夫にしがみついた。

【2012/11/20 11:52】 | 酒模様
|

No title.
嫁。
目が据わって、にらんで「許さん!」・・・。
それは怖いですよね。
5歳児、嫁共に何がなんだかわからず恐怖のみですね。

何がそこまで機嫌をそこねてしまったんでしょうか?
心配です(涙)

嫁。様
小吉
今となれば、全ては、アルコール依存症のなせる業と、
思えるのですが……。

当時は、お義父さんのことを
偏屈な変わり者と毛嫌いしてしまいました。

お義父さんも辛かったのだと、偲ばれます。

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人生とは、まことに、無謀なものだ。

2階のベランダでうたた寝していたお義父さんが
目を覚ました時、掃出しの窓は閉まっていたそうで……。

当たり前のことだが、
窓を開けて、室内に入ればいいのだ。

ところが、窓は開かない。
なんと、内鍵がかかっていたのだ。

お義父さんは、窓を叩いたり、
声を上げたりして、助けを求めたようだが……。

ベランダに閉じ込められているとは、つゆ知らず、
階下の居間では、賑やかに夕食が始まっていたのだ。

異変に気付いた夫が2階に上がり、
窓のカギを開けたのだが……。
締め出しを食らったお義父さんは、仏頂面。

食卓に着くと、お義父さんの犯人捜しが始まった。

溺愛する小2の孫娘が、こんな悪戯をするわけがない。
いちばんチビ助の3歳の孫娘が、犯人とは思えない。

残るは、我が家の5歳の長男坊のみ。

男の子=悪ガキ、つまり、
うちの息子の仕業に違いないというのが、
お義父さんの推理だ。

おじいちゃんに、問い詰められて、
息子は、きょとんとしている。

悪戯をした自覚がないのである。

お義父さんが執拗に、
うちの息子を犯人に仕立て上げるので、
夫が声を荒げた。

「誰が、窓のカギをいじったかは分からない。
 いずれにしても、たわいない子どもの悪戯だ。
 子どもたちが、怖がっているじゃないか。
 もう、誰だって、いいだろ。 
 みんな、じいさんの孫なんだから!!」

お義父さんは、腹の虫がおさまらない様子で、
酒をあおりながら、ぶつぶつ文句を言っていたが……。

途中で、話は脱線し、
今度は、自分の息子である、
私の夫の生活態度を責め始めた。

雲行きは怪しくなって、
とうとう、親子喧嘩が始まってしまった。

「お前とは、刺し違える、覚悟は出来ている!!」

テーブルを思い切り叩くと、
お義父さんは立ち上がり、押し入れを開けた。

そして、短刀を手に取ると、
大きく振り回して、夫を威嚇した。

こんな物を隠し持っていたとは……。

危な過ぎる。
酔っ払いに刃物だ。

私は、息子と娘を抱きかかえ、うずくまっていた。
目の前の出来事が怖くて、涙が止まらなかった。

と、その時、お義父さんが、私に怒鳴った。

「そんな所で、ぼさっと、泣いてないで…。
 親に歯向かう、あんたの亭主を止めるのが、
 あんたの仕事だろう!!」

とばっちりだ。
それに、こんな危険な親子喧嘩の仲裁なんて、
私には荷が重すぎる。

暴れる父親の手から、
夫は短刀を奪い取り、庭に捨てた。

「出て行け! 今すぐ!!
 ワシの家から、出て行けぇ~~~」

お義父さんが、わめき出し、
私たち家族4人は、夜、家から締め出された。

以前にも、似たような光景があったなぁと、
思い出し、悲しくなった。                        

その夜、タクシーを拾い、素泊まりの宿を探した。

夜中、5歳の息子は、持病のぜんそく発作に苦しみ、
持参した常備薬を飲むも、効果なく……。

朝が来るのを待って、
病院へ駆け込み、応急処置をしてもらい……。
重い心で新幹線に飛び乗り、家路を急いだのだった。

【2012/11/21 10:22】 | 酒模様
|

No title.
嫁。
短刀まで出てきてしまうとは・・・。

こう言っては何ですが、けが人はなかったようで、それだけでも
救いですね。(無理やりかな?汗)

私なら二度と行かなくなってしまいそうです。
子供が危ない目にあうかもしれないですもんね。(涙)

嫁。様
小吉
その後、何年も音信不通状態でしたが、
夫の転勤で、広島県に引っ越したので、
山口県の夫の実家にも顔を出すようになり……。

お義父さんは、相変わらず酒浸りでしたが、
子どもたちは、怖がることもなく、遊んでいました。

根は、子ども好きの良いおじいちゃんのようです。


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人生とは、まことに、軽薄なものだ。

私の実家で、暮らしていた頃の夫は、
サザエさんちの「マスオさん」のようだったが……。

波平のような父はいなく、物静かな母だけなので、
夫の暮らし振りは、気楽なものだった。

私と母が、家にいるので、
家事はもちろん、育児にも夫の出番はなく……。

仕事に油が乗っていた夫は、会社人間だった。

接待酒で、はしご酒。
帰宅はタクシーで、午前様の日々。

会社の経費での飲食が大半のようで、
後は、上司のおごりと聞いていた。

だから、クレジット会社から、
夫宛の封筒が届くとは、思いも寄らなかった。

胸騒ぎ!?は、的中。
請求書には、「パブ○○ 7月利用分、約3万4千円」

「会社の仲間と行ったんだけど、
 みんな、現金の持ち合わせがなくて……。
 俺が、カードで立て替えたんだ。 
 引落しに間に合うよう、入金しておいてネ」

夫は、悪びれる様子もない。

当時、夫の小遣いは月3万円。
仕事は、外回りの営業。

急にお金が必要になった時、
小遣いだけでは心細いということで、
クレジットカードを作ったばかりだった。

「カードを使うことはないと思うけど、
 持っていれば安心。お守り代わりだよ」

そんな夫の言葉を信じた私が、甘かった。
 
「8月利用分、9月利用分、10月利用分」と、
3万円超えの請求書が毎月届くようになり……。

「11月利用分、約12万円」で、私は平静を失った。

明らかに、おかしい。
こんなに、入れ揚げて……。
いかがわしい店に決まっている。

夫の言い草が、これまた、馬鹿げている。

「この店で、みんなが、
 俺の誕生日を祝ってくれたんだ」

何が、お祝いだ!!
ドンチャン騒いで、大盤振る舞い。
その支払いは、全て夫だ。

酔った勢いで、気が大きくなり、
こんな形で、カードを乱用するとは……。

回収の苦手な夫は、
今までの分も、おごりのままのはず。
酒は、金銭感覚を狂わす。

貯金を解約し、支払いに充て、
ついでに、クレジットカードも解約した。

年が明けて、夫宛ての年賀葉書には、
律義な後輩の添え書きが……。

「今年も、パブ○○に連れて行って下さい」

腹立たしさが、ぶり返してしまった。

幼い子ども2人抱え、安月給で家計は火の車なのだ。
そんな店で、豪遊している場合ではないのだ。

同僚や後輩たちのおだてに乗って、
結局、30万円近くが、泡と消えて行った。

かれこれ、20年以上も前の苦い思い出だ。

カードの乱用は、カードの没収で、
それ以上の深みにハマることなく解決できた。

しかし、アルコールの乱用は、根が深い。

明らかに飲み過ぎているので、体に毒だからと、
酒を取り上げても、隠しても、捨てても、
いつの間にか、ちゃっかり、飲んでいる。

昔も今も、酒の飲み方だけは、変わっていない。

【2012/11/22 15:57】 | 酒模様
|

No title.
yamadagaga
カードがそのぐらいの浪費で終ってよかったです。
みんなと飲み行ってカード払いの人を見ると寂しく感じたものです。枕言葉とおりですね。手持ちの範囲で楽しめれば、です。
 もう読まれてるかもですが、「断酒ブログ村」で奄美病院のSWのかたが、11/22 『家族はどのように対応するとよいか』 という記事を書かれています。
うまくまとめられていると思います。

yamadagaga様
小吉
夫との暮らしを振り返り、
ずっと以前から、アルコール依存症だったんだなぁと、
実感しております。

数々の尻拭いをして、現在に至る!?です。。。。

奄美病院のブログは、まさに、言い得て妙!!
「家族が尻拭いをしない」
理解はしているのですが、実践は、もたついております。。。。



No title.
嫁。
20年以上も前の話、ということは、その後の繰り返しは
なかったんでしょうね。
ホントそこでとどまり良かったですね。
されど30万ですけどね(涙)

カードを破棄しようが、自殺をしようかと考えようが、
繰り返す人はとことん繰り返しますから・・・。

酒も借金も同じく依存してしまうみたいです。
依存してしまうと、やはりどちらも大変ですよね。

嫁。様
小吉
夫は、賭け事には、一切、興味ないので、
あれ以来、借金はないのですが……。

お小遣いの範囲内で、こそこそと、
安酒を独り飲みしております。

死ぬまで飲み続けるような気がします。

これも、因果とあきらめております。

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人生とは、まことに、物騒なものだ。

夫に転勤の話が、舞い込んで来た。

新しい土地で暮らすことへの不安と期待感。
家族4人で、千葉県柏市へ引っ越した。

夫は、営業所の新所長として、
あちこちに顔を出し、元気に飲み歩いていた。

とにかく、酒さえあれば、ご機嫌な夫。

とことん飲むので、
帰りは、いつも、午前様だった。

その夜、夫からの電話は、

「カバン、盗まれたぁ~~~。 
 事情聴取中だから、遅くなるから」

なんとも、物騒な話だ。

さんざん、はしご酒した挙げ句の帰り道、
通勤用の自転車を引きずりなら、ラーメン屋へ……。

ラーメンを食べ終え、店を出ると、
自転車の前かごに入れてあったカバンが、
こつ然と消えていたのだ。

貴重品が入っていなかったのが、不幸中の幸い。
でも、仕事で使う書類を紛失してしまったのだ。

近くに交番があったので、
夫は、被害届を出しに行ったそうだ。

酔っ払いの説明は、分かりにくいようで、
お巡りさんが、現場のラーメン屋まで同行。

「カバンは、どこに置いたのですか?」

「だから、自転車の前かごに……」

お巡りさんに尋ねられ、
自転車の場所を指差すも、その指先に自転車がない。

夫が、交番に行っている隙に、
夫の自転車は、誰かに乗っ取っられてしまったのだ。

重ね重ね、ついていない。。。。。。

夫は、混乱している頭で、
カバンと自転車の盗難届を出したのだった。

赴任地の治安の悪さにガッカリ。。。。。

が、後日、
盗まれたカバンは、無事に戻って来た。
現場から遥か離れた道端に捨てられていたそうで……。
親切な人に拾われ、警察に届けられていた。

悪い人ばかりではなさそうだ。

それにしても、酒量が増すと、
判断能力が激減するようだ。

カバンは手に持って、店に入ればいいことなのに……。
自転車は、カギを掛けておけばいいことなのに……。

酔っ払いは、無防備だ。

これじゃあ、命さえも、落としかねない。。。。。。

【2012/11/23 21:41】 | 酒模様
|

No title.
yamadagaga
したたかに酔い、電車内でかばんを置き引きされたことがあります。2,3日後、途中の駅の花壇に捨ててあったとの連絡で、引き取りにいったことがあります。
警察に朝一で届けましたが、同じような人が、銀行カードでごっそり(100万以上だったと)引き出された様子でした。
組織犯罪ですね。
記事を読んで、命あっての幸いを感じました。


yamadagaga様
小吉
yamadagaga様も、カバンを持ち去られてしまったとは……。
酔った弱みに付け込む、輩が多いようで、
本当に、物騒な世の中ですね。

私も、酔っ払って、記憶がまだらになり、
バッグ紛失事件で大騒ぎした前科があります。

夫ばかりを非難出来ません。
お酒の飲み方を猛省しました。。。。。




No title.
嫁。
本当に酔うと忘れ物したり、こけたりと大変です。

私も忘れ物しない!という自信がないから、
極力飲みに行く際には手荷物を最小限に抑えるようにしています。

また、こけて靭帯やっちゃったこともあります。
どうしようもありません。

非難されても返す言葉もみつかりませんでした。

嫁。様
小吉
こけて靭帯……は、大変でしたね。

私は、血だらけ、アザだらけになっていましたが、
酔っ払っていたので、痛みは感じませんでした。

酔いが醒めて、体中に激痛。。。。

飲み過ぎて羽目を外したことを反省しました。



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人生とは、まことに、滑稽なものだ。

夫の転勤で、広島に引っ越した。
社宅がなかったので、
会社の方で、民間のアパートを借り上げてくれた。

敷地には、2階建て4世帯用の建物が、
対面する形で、2棟建っていた。

私たち家族は、A棟の2階に入った。
台所の脇の窓からは、
入居者用の駐車スペースが見下ろせた。

当時、中学2年の息子と小学5年の娘は、
朝、玄関を出た父親が車に乗り込むのを、
その高窓から眺めて、「いってらっしゃ~い」
と、手を振るのが日課だった。

夜は、車のヘッドライトで、高窓が照らされると、
「パパが帰って来た!!」と言って、
やはり、窓から顔を出して、手を振るのであった。

子どもたちにつられて、私も窓を見る癖がついていて……。

その日の朝は、日曜日だった。
休日なので、家族は皆、朝寝坊していた。

何気なく、カーテンを開け、駐車場の方に目を向け、
その異様な光景に驚くと同時に、吹き出してしまった。

夫の車の隣に駐車している車のすぐ脇に、
黒い革靴が片方転がっていて、その先に、もう片方が……。

また、その先には、靴下やネクタイが散らかり、
またまた、その先には、背広、ズボンが脱ぎ捨ててあった。

車の持ち主は、対面するB棟に住む、
30代半ばのご主人で、
彼の住まいの方向に、落し物が点々と続いていた。

相当、酔っ払っていたようだ。
彼には、車のドアが家のドアに思えたのだろう。

起きて来た夫に、その光景を見せると、
「酒に酔っても、俺は、あんな無様な事はしない」
夫は、勝ち誇ったような言い方をしていた。

お昼近くになって、
落し物に気付いた奥さんが、慌てて拾い集めていた。

飲酒運転の厳罰が今ほど厳しくなかった時代、
危険運転を憂うより先に、
お粗末な醜態を笑ってしまったが……。

事故もなく、帰り着いたから良かったものの、
運転者のモラルのなさは、言語道断だ。

このご主人、酒に呑まれていたようで……。

ある日の深夜、我が家の玄関ドアをこじ開けようと、
ドアノブを引っ張ったり叩いたりも、やってくれた。

同じような造りの建物だったので、
自分の家と間違えてしまったらしいが……。

そうとは知らず、真夜中の玄関前に不審者が……で、
こちらは、飛び起き、緊張が走ったのだ。

息子のバットを手にした夫が玄関ドアを開け、
「何してるんだ!!」と怒鳴りつけると、
ろれつの回らない赤ら顔のご主人が、戸惑っていた。

まったく、人騒がせな酔っ払いだ。
あのご主人は、大丈夫なのだろうか。

同じ酒飲みでも、自分の方がまともと言っていた夫は、
その後、横浜に戻り、アルコール依存症の診断を受けた。

私の知っている失態の数々、
知らない失態の数々を重ねて、
夫は、心まで酒に呑まれてしまった。。。。。。

【2012/11/28 15:35】 | 酒模様
|

No title.
嫁。
それはすごい!!ですね。

私は何だか他人事とは思えず、そんな光景を
だんなと見た日にゃあ、きっと、説教になりそうです。

男はまだまし、それが女性だったら、笑えませんよね(涙)

私はさすがに外ではないけど、ほんと家の中では
全く同じことやってました。




No title.
yamadagaga
「自分はあれほどでもない」と言うのは、アル症の常套句です。
私も今でもその気になる事があり、少しくらいなら飲めるのではと思ってしまいます。
桑原くわばら。

嫁。様
小吉
お酒の魔力は、奥が深いですね。

無意識に、何か、やらかしています。
振り返れば、
私も、ひと様の事は、あまり言えませんが……。



yamadagaga様
小吉
本当に、おっしゃる通りです。

自分には、限りなく甘い基準で、偽りの安心感に浸って……。
夫は、未だに、飲むことに執着しております。

残念でなりません。。。。。

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人生とは、まことに、遣る瀬無いものだ。

我が家の箱入り息子は、大学生になった途端、
箱から飛び出してしまった。

昼間は、小遣い欲しさのバイト三昧。
夜は、高校時代の仲間と夜遊び三昧。

大学へ行っている気配がない。

初めのうちは、ぶつぶつと説教していたが、
もはや、母親の言うことを聞く年齢ではない。

夫に相談すると、
「ほっとけばいい」と、つれない。

気が抜けてしまい、
息子の行動に口を挟むのをやめ、
静観し続けること、数か月。

ついに、
息子の堕落した生活に、天罰が下った。

その日、深夜に帰宅した息子は薬箱を物色。
「全然、薬が効かない。。。」
と、腹を抱えてうずくまっていた。

「今、飲んだばかりでしょ。
 もう少し、様子を見た方がいいよぉ~~」

呑気な母親にしびれを切らした息子は、
自分の携帯電話で、救急車を呼んでいた。

事の重大さに気付いた時、
すでに夫は、酔いが回って爆睡中。

そこそこ酔ってはいたが、
起きている私が、息子に付き添うしかない。

救急車が到着し、
息子は救急隊員に抱えられ、エレベーターに乗った。

自宅はマンションの3階、
私は階段を走り降り、最後の数段を踏み外した。

思いっ切り、尻餅をつき、
あまりの痛さに、酔いが吹っ飛んだ。

腰をさすりながら、救急車に同乗したのだった。

救急病院の処置室に通されると、
男性医師が、息子の食べた物を聞き取り開始。

「お酒も飲んでいるみたいだね」

「少し。。。。」

どうやら、居酒屋で友達と酒盛りしていたようだ。

内緒の飲酒が、私にばれてしまい、
息子は、罰が悪そうな顔をしていた。

「未成年(18歳)のくせに、飲んでるから、
 罰が当たったんですよ、ね」

私は意地悪い言い方で、医師に同意を求めた。

「おそらく、ウイルス性の急性胃腸炎ですね。
 今回は、急性アルコール中毒の症状ではないので、
 お酒の飲み方は、ご家庭で指導して下さい。
 でも、もう、大学生ですから、
 多少のお酒はねぇ~~、ありでしょう」

先生も、いける口のようだ。
お酒に甘すぎる。

結局、点滴による絶食治療で、3日間入院。
病院代、3万7千円也。

くれぐれも、酒の飲み過ぎには気を付けるよう、
領収書を息子の机に張り付けて、注意を喚起した。

その1年後、
息子は、大学サークルの飲み会で、
またもや、救急車のお世話になり、入院した。

今度は、正真正銘の急性アルコール中毒だった。

その時の息子の言いぐさが……。

「おかしいな。
 パパとママの子だから、酒は強いはずなのに……」

確かに、蛙の子は蛙だ。
酒に目がなく、酒に卑しすぎる。。。。

現在、息子は26歳。

仕事を終えた後、コンビニに立ち寄り、
缶チューハイ、大小2缶が入ったレジ袋を、
ぶら下げて帰って来る。

夫がアルコール依存症治療で入院した日に、
我が家にあった酒を全て処分し、
以来、酒の買い置きはしていないので……。

息子は、自分の分だけ買い求め、
自室で、こっそり飲んでいるのだ。

蛙の子は蛙。

なぜか、息子の将来が、
夫とダブって見えてしまい、不安が募る。。。。。

【2012/12/03 22:08】 | 酒模様
|

No title.
嫁。
いつの間に身についてしまったか??
全くわからない飲酒習慣・・・。

20年前?20代の頃は自宅で一人、飲むなんて考えられない事、
だったように思います。
もちろん、飲みに行ったり、友達と家で飲むのは好きでしたが。

息子様も習慣にならなければよかったですね。

嫁。様
小吉
息子の飲酒傾向が、気掛かりでなりません。

お酒で身体を壊した父親を反面教師にして、
節度のある飲酒を心掛けて欲しいのですが……。

どうなることやら。。。。です。

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人生とは、まことに、無責任なものだ。

夫が、ただの大酒飲みだと思っていた頃、
忘年会シーズンが、私の唯一の休肝日だった。

アルコール漬けの夫からの帰るコールに備えて、
焼酎の代わりに、番茶を何杯もおかわりして、
私は、夫からの呼び出しを待っていた。

車の運転は苦手だが……。
夫を無事に家に連れ戻すのが
妻の役目と思い込んでいたので、
夫が戻るまでは、晩酌はご法度を貫いていた。

夫は、私の運転技術をまるで信用していない。

しらふの私よりも、酔ってる自分の運転の方が、
はるかに安全と思っている所がある。

そんなわけで、その日も、夫は私を呼び出すことなく、
会社近くの居酒屋から自宅まで6キロ余りを、
千鳥足で何時間もかけて帰って来た。

「酔っ払ったよ~~ん、あ~~、酔っ払った~~~」
と、かなりのハイテンション。

そんなの見れば、すぐわかる。

さっさと寝てほしくて、着替えを急がせると、
服のポケットから、煙草やら財布やらを取り出しながら、
またまた、騒ぎ出した。

「あれ~~~、なんだぁ~~、これ?」

車の鍵や家の鍵など5本分が、
ひとまとめになっているキーホルダーを高くかざした。

本来の夫の鍵一式は、ズボンのポケットから出て来た。

どうやら、一緒に飲んでいた同僚の上着を着て、
夫は、帰って来たようだ。

慌てて、同僚に携帯電話して、鍵の件を伝えるが、
ろれつが回っていない。
同じことを何度も繰り返していた。

「なんで~~~、おめぇ~の鍵が、
 俺のポケットに、入ってるんだぁ~~~。
 いらねぇ~~~のかぁ~~~」

夫が、服を着間違えたくせに……。
さすがは、酔っ払い、いい加減だ。

この後、夫は、死んだように爆睡し、
朝の出勤時間になっても、目を覚まさなかった。

家の固定電話が鳴り響いて、
会社からの着信を知らせていたが、
私は、電話を取らなかった。

何度も掛かって来て、うるさかったので、
私は、ファックスを送信してしまった。

「夫は、ただ今、死んだように眠っております。
 三途の川原を散歩しているようですが、
 今しばらくすれば、この世に戻ると思われます。
 生き返りましたら、連絡を入れさせます。
 ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんが、
 それまで、お待ち下さいますよう、お願い申し上げます」

私は、夫の不始末を取り繕う妻だった。
夫が飲める環境を作っていたのだった。

私も夫も、ただの酒好きだと信じていた、
あの頃が懐かしい。

愉快な酔っ払いだったのに……。
もう、飲んではいけない身体になるとは……。

好物をあきらめるのは、至難の業だ。
酒が命とばかりに、
偏ってしまった頭と体では、難しすぎる。。。。。

【2012/12/06 12:18】 | 酒模様
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No title.
嫁。
「酒を飲むために仕事をしている。」
と良く言います。(私も良く言います。)

しかし、その仕事に行けないとなると問題かと思われます。
その尻拭いまでさせられるとは・・・。
今なら、ありえないんでしょうけどね。

嫁。様
小吉
今、思えば、余計なお世話の数々。
夫がアルコール依存症になるよう手助けしていた!?ことに……。

なんとも、複雑な気持ちです。。。。。


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人生とは、まことに、羞恥なものだ。

2010年5月、
夫は、自身の体調不良を無視出来ずにいた。

月末に、社内のAさんが、
フランス料理の小さなレストランを貸切にして、
結婚報告を兼ねたパーティーをするという。

当日の司会進行役を頼まれた夫は、
万全の体調で、その日を迎えたかったのだ。

夫は病院嫌いを返上して、地域の総合病院を受診した。
内科の特効薬?を希望していたのに……。
持たされたのは、
アルコール依存症治療で有名なK病院への紹介状。

夫は治療に背を向け、節酒で何とか体調を維持し、
パーティーの司会役をこなしたのだった。

夫のお目付け役ではないが、
そのパーティーには、私も招待された。
アットホームな雰囲気の中、
祝杯のワインをおかわりして……。

ほろ酔い加減の私は、
夫の会社の方たちと、2次会へと流れた。

今度は中華、紹興酒!!
次は居酒屋、日本酒!!

結婚披露にかこつけた、呑兵衛たちの宴が終わり、
まず、一番酔っ払っている人をタクシーに押し込み、
次に酔っ払っている人もタクシーに乗せ……。

皆がタクシーに分乗したのを見届け、
私たち夫婦はバスで帰宅すること……。

駅前のバス乗り場に向かう途中で、
私は、自分が手ぶらであることに気が付いた。

「バッグ、さっきのお店に置いて来た!!」

携帯電話も財布もバッグの中。
財布には、クレジットカードも免許証も入っている。

酔っ払っている上に、さらに、
気が動転した私は、バッグを求めて駆け出した。

慌てて居酒屋に戻り、尋ねるも、
「忘れ物は届いていない」と、店員はつれない返事。

もしや、中華屋の方に置き忘れたかも…と、
行ったり来たりしている間に夫とはぐれてしまった。

バッグは見つからない。
夫も見つからない。

取りあえず、家に戻ろることにした。
一文無しなので、徒歩で…。

この駅前からは、真面目に歩けば、
20分足らずで、自宅に戻れる。

ハイヒールにツーピース姿のおばさんが、
手ぶらで蛇行しながら歩く様は異様だったのだろう。

気が付けば、通りすがりの女性が、
私の腕を支えて、一緒に歩いていた。

久しぶりに、飲み過ぎてしまったようだ。
とんだ失態だ。

私もアルコール依存症!???
夫婦でアル中なんて、自慢出来ない。。。。

【2012/12/15 10:58】 | 酒模様
|
人生とは、まことに、鈍感なものだ。

「大丈夫です。ありがとうございます。
 大丈夫です。大丈夫。。。。。。」

へらへら笑いながら、
同じ言葉を繰り返すだけの私は、
はたから見れば、異常だ。

ふらつく私を支える若い女性は、
優しい口調で教えてくれた。

「大丈夫じゃないですよ。
 真っすぐ、歩けていませんよ。
 膝から血も流れていますよ」

指摘された足を見ると、確かに血が…。  
でも、ぜんぜん、痛くない。 その時は…。

歩き疲れた私が地面に座り込むと、
その女性も、しばらく寄り添っていてくれた。

そこへ、息子の運転する車が通りかかり…。

慌てて、車から降りて来た息子は、
酔っ払いの母親を気遣う親切な女性に、
何度も何度も頭を下げて、お礼を言っていた。

いい具合に息子に出会えたと、偶然を喜んでいたら、

「バッグを預かっている人から、電話があったんだ。
 今から、ママのバッグを受け取りに行くよ」

バッグも見つかった!? なんて、ラッキー!!
酔った頭では、ややこしいことは考えられない。

「よかったねぇ~。よかったよぉ~~」

私は、助手席で、ひとり、はしゃいでいた。

こうして、バッグも私も、息子の運転する車に乗って、
無事に帰宅することが出来た。

家に戻ると、一足先に帰っていた夫に叱られた。

「なんで、一人で、ふらふら、行くんだ。 
 2時間近く、駅の周辺を捜し続けたんだぞ!!」

申し訳ないと思ったけど、
酔いが回って、起きているのが辛い。

「ごめん、ねむた~い、寝る!」と、叫んでしまった。

「とっとと、寝ろ!」と、言ってくれたので、さっさと寝た。

翌朝、体中の痛さで目が覚めた。

左足の膝には、かさぶた。
左足太ももの付け根は、広範囲に青紫色に変色。
左手の肘から下も大きなすり傷と、大きな青あざが…。

祝宴後、酔っ払いのおばさんに大変身して、
周囲の方々に、多大なご迷惑をおかけし、
自身の体にも、知らぬ間に、打撲傷???

反省することがありすぎる。

息子に出会えたのは、
私の家の電話番号を聞き出してくれた女性が、
自分の携帯電話を使って、
私の様子を家に連絡してくれたから。

私のバッグは、タクシーの中にあったそうで……。
酔っ払いをタクシーに押し込むのを手伝った時、
バッグは私の手から離れ落ち、後部座席へ……。

手を引いてくれた、見ず知らずの若いお姉さん。
バッグを届けてくれた、タクシーの運転手さん。

みんな、親切で、なんて、いい人なんだろう。

酔っ払っていた私は、彼らの顔を思い出せない。
息子が、丁寧に対応してくれたようだが……。
世間様に親切にしてもらったご恩は、
ちゃんと、世間様にお返ししよう。

私 「あの時のお姉さんのように、
   困っている人には、優しく温かく、迅速に、
   手を差し伸べることが出来る人になります」

夫 「それは、お前には、出来ないな」

私 「なんで?」

夫 「お前の性格じゃ、無理だ」

いったい、夫は、私のことを
どんだけ、性悪な女と思っているのか。。。

でも、大体、当たっている。

アルコールに躍らされ、困っているであろう夫に、
私は優しく手を差し伸べる術を持っていない。

夫は、アルコールの底なし沼にハマったままだ。
しかも、日に日に深みにハマって、身動き出来ない。

それに引き換え、この私。
あれ以来、外での飲酒は自重し、
自分の身体だけを大事に労わって……。

ひと様の痛みには、鈍い性格だ。。。。。

【2012/12/16 10:23】 | 酒模様
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